地鶏は最近注目の「媛っこ地鶏」
酒と昆布で締めたものを軽く炙ると酒が止まらなくなる

 テナントが見つかるまでと、他の店で勉強を始めた吉田さんだが、思いのほかテナントは見つからず、6年間で4店ほど蕎麦打ち職人を経験してきた。

カウンター7席だけの店内。酒は無濾過生原酒だけ揃え、手挽き蕎麦と備長炭の地鶏料理でもてなす。

 その間、新橋、世田谷、丸の内などのお客の様子をしっかり見てきて、自分でもお客への対応が細やかになってきたという。

 苦労人はこの6年間で、蕎麦屋の魅力が何であるかを見つけたのかもしれない。

 念願の店はほぼ自分のイメージ通りのものが出来上がった。カウンターだけの7席、シックな茶系のトーンで統一された空間はいかにも大人の憩う雰囲気がある。気の知れた人を誘って横並びに日本酒を楽しめば、ビジネスの会話も弾むというものだ。

「このところ女性の1人客や女性客同士の訪問も多くなった。わっと騒ぐ店ではないから、2~3人の接待や仕事のこじんまりした打ち上げの会に向いているのでしょう」(吉田さん)。

亭主の吉田弘樹さん。前の店を閉めてから名店「辻そば」や「石月」で蕎麦を打ってきた。6年の雌伏期間を経て新しい魅力が加わったようだ。

 吉田さんは大学卒業後、親が地元新小岩で経営していた肉屋を7年間手伝っていた。その時に養った肉の目利きに加え、新小岩の店を出す資金稼ぎに焼き鳥屋を経営した経験がある。そう考えると、吉田さんが地鶏のある蕎麦屋にたどり着いたのは必然だったのかもしれない。

 地鶏は最近注目の愛媛の「媛っこ地鶏」、脂に品のある旨みがのった鶏肉を使って、格別な夜の地鶏料理を完成させた。

 鶏肉を昆布締めにして3日ほど寝かす。オーダーがあるときに昆布から取り出して軽く炙りにかける。「大愚」のカウンターに腰掛けると必ず注文が入る鶏の昆布〆だ。さらっと酒で拭いた昆布から鶏身に塩味と旨みが移り、寝かした身はやや水分が抜けてとろりとした食感をくれる。酒猪口がすぐに空になる危険な肴になっている。

(写真左)鶏の昆布〆。酒で拭いた昆布で3日ほど寝かし、酒の風味、昆布の旨みが滲みたところを軽く炙ったもの。(写真右)媛っこ地鶏もも焼き、備長炭の強い炎で焼き上げるから表面はカラリで中はジューシー。ついつい酒がすすんでしまう。