「こんな店があれば……」と誰もが思っていたような店が新橋に誕生した。カウンター席だけの店内に酒と地鶏と蕎麦。蕎麦は手挽き、酒は無濾過生原酒だけ、媛っこ地鶏には備長炭と、こだわり抜いた味がリーズナブルに楽しめる。まさに通な大人のための店、「大愚」を紹介する。

旨い焼き鳥と出色の手挽き蕎麦
ありそうでなかった蕎麦屋が新橋にできた

 サラリーマンの街、新橋もこのところかなり様変わりしてきたようだ。

 一昔前には背広組の姿ばかりだった立ち飲み屋には女性の姿があり、焼き鳥屋にもぱっと明るいカジュアル姿の女性軍が目立つ。ビジネスと同じように勇敢な女性軍がこれまでの境界線を越えてきている。

 この10年、飲食で何が美味くなったといえば焼き鳥かもしれない。秋田の比内鳥や名古屋コーチンに代表される地鶏が脚光を浴びると、各地で地鶏飼育※1が盛んになって、新しいブランド地鶏が生まれてきた。

「蕎麦切り・酒 大愚」。新橋の烏森出口から歩いて10分ほど。まだ今年の8月に開店したばかりだが、もう評判の店になっている。

 その地鶏料理と美味い蕎麦を引提げて今年の8月に新橋に誕生したそば屋が「蕎麦切り・酒 大愚」だ。

 備長炭で地鶏を炙ってもらって仕上げに蕎麦を食べてみたい――。焼き鳥好き、蕎麦好きの両方が満足する、これまでありそうでなかった店だ。だから、開店してすぐに脚光を浴び、蕎麦特集本にも取り上げられた。

 新橋の烏森から日々谷通りのほうに上がって行く。10分ほど歩くと烏森界隈の喧騒からは少し離れた路地に「大愚」はある。良寛がかつて“大愚良寛”と自ら称した、その名が屋号の由来だ。大愚は大賢に同じか、そのまま大愚で終わるか、吉田弘樹さんの賭けがこの店にある。

「大愚」は吉田さんにとって2店目。最初から手挽き蕎麦を出すと決めていた。鶏料理の後に香りの高い蕎麦を深みのあるつゆで締めてもらいたかったという。

 吉田さんは、6年前までは新小岩の商店街のはずれで手打ち蕎麦屋を6年半営んでいた。蕎麦本にも紹介され、蕎麦マニアたちも多く訪れた店だったが、突然、その店を畳んで、新しい船出を選んだ。まだ未訪の蕎麦好きたちはその閉店を悔しがったものだった。

 辞めた理由をそのときは多くは語らなかった吉田さんが、その理由は暫くしてから明らかになった。出会った人に「7坪ほどのこじんまりしたテナントを探しています」と書かれた名刺を渡していたからだ。

 手挽き石臼の味わい豊かな蕎麦と工夫をこらした地鶏料理で、旨い酒でまったりと過ごしてもらう。吉田さんは、すでにそんな店のイメージを頭の中にしっかりと描いていたのだ。

※1 地鶏:比内、薩摩、名古屋などの三大地鶏から、最近では各地に新地鶏ブランドが生まれてきた。在来種純系のものだったり、飼育期間に決まりがあったり、鶏を平飼い(床面・地面飼育)にする規定があり、それが年々、鳥の肉身を美味くしてきた。焼き鳥も肉の美味しさを競うことから創作料理の時代に入ってきている。