結婚する人、しない人。いずれも後悔のない決断をするために必要なこととは?『35歳の教科書』の著者・藤原和博さんと、新刊『30代を後悔しない50のリスト』の著者・大塚寿さんが語る、結婚にまつわる人生の決断のとき。
夫婦という他人には
無限のベクトル合わせが必要
大塚:前編では、「結婚すればよかった」という後悔には、正解じゃなくて「納得解」が、「結婚しなければよかった」という後悔には、正解主義じゃなくて「修正主義」が必要だというお話をしました。どちらの後悔も、正解を求めたことが後悔につながっているということですね。
藤原:「これが正解だ」と思って結婚すると、それがゴールになっちゃうんですよね。でも、そもそも正解なんてあるわけがないし、相手だって自分だって変化するわけだから、ゴールはどんどん変わるものなんですよ。仕事だって、会社も変化すれば、自分もいろんな仕事をすることで変化しますね。だから、決められた正解なんていうものはない。変化する相手と変化する自分のあいだの無限のベクトル合わせが必要なんだと、僕はいつも言ってるんです。
仕事が自分にとってしっくりくるものになるには、もちろん会社のなかでやれる仕事を変えていく働きかけも必要だし、自分自身が成長していく働きかけも必要です。会社と自分とのベクトル合わせができなければ、いつになっても納得できる仕事はできないでしょう。
大塚:最初からベクトルが合うなんてことはないですよね。決められた正解はなくて、自分たちでそれを合わせていくんだという前提を持てるかどうかですね。
藤原:そうそう。ベクトルの和を目指して、お互いを変化させていくことが必要なんです。それには、仕事自体をこれが正解、不正解などと決めつけるんじゃなくて、もっと柔らかく考える必要がある。それができないと不幸になってしまいます。結婚においても、やはり相手と自分との無限のベクトル合わせだっていうことがわからないと、結婚してもすぐに後悔するだけでしょう。
大塚:相手と自分とのベクトル合わせの重要性を、一番痛感させられるのって、子育てのときではないでしょうか?『30代を後悔しない50のリスト』でも、子育ての後悔について触れていますが、子育てのベクトル合わせができないと、大きな後悔が伴うようです。
藤原:子どもができると、2人の教育方針には、自分がどう育てられたかということが如実に表れますからね。でも当然、夫婦というのは他人です。日本では、家制度というのが古くからあったために、「夫婦といえど他人である」という意識が希薄だけれど、やっぱり他人なんですよね(笑)。結婚って、契約によって、他人同士がひとつの戸籍を作り家を発展させましょうという制度なんです。
実は僕自身、結婚するときに、神父に言われてギョッとしたことがあったんだけれど、「結婚は契約ですから」っていきなり言われたんですよ。「所詮は違う人間同士の契約なんです」ということを、バシッと最初に言われて、すごく驚いた覚えがある。
大塚:うちは神父さんに「神が決めたことを人が破ってはならない」って言われて、同じようにギョッとしました(笑)。でも、夫婦というのは、結婚という契約で結びついた他人同士ということには強く共感できます。
藤原:ということは、同居して一生懸命子育てをしたり、幸せな家庭をつくったりする事業を、他人と共同経営していくことだ、とも言い換えられますね。会社だって、創業期に仲良かった人たちが、やはり途中で別れたり独立したりしますが、結婚だってそれと同じ。たとえば、子育てにおいても、自分の育ってきた環境を相手に無理やり押し付けたりすれば、うまくいかなくなるのは当然ですね。その場合、どうやって歩み寄るか、ベクトル合わせをするのかという手法を持っていないと、幸せにはなれません。
大塚:結婚は共同経営と同じ、というのはおもしろいですね。確かに、他人同士がいかに歩み寄って修正していくかというのが結婚では何より大切ですね。『30代を後悔しない50のリスト』では、そのベクトル合わせの方法として「リスペクト」「コミュニケーション」「ポジティブビジョン」という三つの修正法を紹介しました。これらは、修正主義によってうまくいっている夫婦の共通点から私が導き出した手法です。
ところで、実は一度だけ家内が実家に帰ってしまったことがあったんですけど、原因は息子の理科と社会の勉強の仕方なんです。まさに夫婦がそれぞれ育ってきた環境の違いがぶつかってしまったんです。もちろん、その直後にベクトル合わせができて、事なきをえたのですが(笑)。