効率を追求すると必要なことを深く知ることはできるが、
決して横に広がらない
インターネットの発展で、知らないことを調べる手段は検索が主流です。
検索では、自分が知りたいことにはほぼ確実に出会えます。しかし、それによって失われたものもあるような気がしてなりません。
私が現在勤務する立教大学では、現在図書館の改革を進めています。たまたま、新しい図書館長に就任される教授とお話しする機会を得ました。
教授によると、その図書館のウリは「部屋にいながらにして蔵書検索ができ、注文しておくと図書館に行けばカウンターに出ている」というシステムだそうです。
話していてわかったのですが、その教授も書店や図書館の魅力は十分に分かっている人でした。自分の目で本を探し、その過程でまったく想像もしていなかった本と偶然出会うことに意味があるという考えを持った方です。
教授は、ピンポイントで効率よく探すシステムに限定するのに躊躇し、従来の開架式の書棚も一部残すといいます。しかし、効率の良いシステムが学生に受け入れられれば、書棚の本を探す人はいなくなるでしょう。
この事例でもわかるように、現代は計画したこと、意識したことを確実に達成できる社会になりつつあると思います。しかし、計画しなかったこと、意識していなかったことから何かを得るチャンスは確実に減っています。