危機的な状況においては、「択一」を明確に打ち出す

 このように、リーダーの言葉はシンプルを心がけるのが基本です。
 危機的な状況に置かれているときは、なおさら、その意識を強くもたなければなりません。切羽詰まった状況において「あれもこれも大切」というメッセージを受け取ったメンバーは困惑します。必ず、「これがいちばん大切だ」というシンプルなメッセージを打ち出して、その一点にメンバーの力を集約させる必要があるのです。

 たとえば、私がブリヂストン・ヨーロッパのCEOを務めていたときに、ある子会社のCEOに「売上とシェアのことは考えなくていい。とにかく利益を出すことに集中してほしい」と明言したことがあります。

 本来、ビジネスは「売上」「利益」「シェア」などいくつかの指標を意識しながら進めなければならないものです。自社の「売上」「利益」が目標を達成していても、「シェア」を落としていれば、早晩、ビジネスは厳しくなってきます。タイヤ産業のように、規模の経済が強力に働く分野では特にそうです。だから、私は、タイ・ブリヂストンのCEOのころから、常に「シェアを忘れてはいけないよ」と部下たちに注意を促してきました。

 しかし、私がブリヂストン・ヨーロッパのCEOに就任した当時、ヨーロッパ全体が厳しい財務状態に陥っていました。なかでも、経営の足を引っ張っていたのがくだんの子会社でした。まさに、潰れるか否かの切迫した状況でしたから、「売上」「シェア」を維持するために赤字事業を続けるわけにはいかない。とにかく黒字を出すことに専念すべきなのです。

 だから、私は「売上とシェアは捨てていい。その結果については私が責任をもつ」と明言。事業規模を縮小させてでも、健全な事業体に作り替えることが先決。売上やシェアの拡大は、足場を固めてから再度チャレンジすればいい、と優先順位を明確にしたのです。

 これで、子会社のCEOは迷いなく、利益確保に全力を集中させることができた結果、最悪の事態は回避。その後、多少時間はかかりましたが、売上とシェアを再び回復していくこともできました。このとき、私は、ターニングポイントにおいては、リーダーは「択一」のシンプルなメッセージを発する必要があることを、改めて痛感したものです。

 そのために大切なのは何か?
 まず第一に、リーダーが「捨てる」覚悟をもつことです。ギリギリの局面では、何かを捨てなければ、何かを得ることはできません。何かを得るためには、まず捨てなければならない。先ほどのケースで言えば、「売上」と「シェア」を捨てなければ、「利益」を取ることはできないのです。

 そして、「捨てる」決断ができるのはトップリーダーしかいません。その結果、問題が生じたときには、自分が全責任を背負わなければなりませんが、その責任を逃れるために中途半端なメッセージを発して最悪の事態を招くとしたら、それはあまりにも愚かなことです。最悪の事態をとことん恐れていれば、そんな愚かな選択はできないはず。つまり、絶体絶命の局面で有効な「言葉」を発するためには、最悪の事態を恐れる小心者であることが重要だということです。