「スペースX」「テスラ・モーターズ」「ソーラーシティ」「ニューラリンク」……ジョブズ、ザッカーバーグ、ベゾスを超えた「世界を変える起業家」の正体とは?イーロン・マスクの「破壊的実行力」をつくる14のルールを徹底解説した新刊『イーロン・マスク 世界をつくり変える男』(竹内一正著)。この連載ではそのエッセンスや、最新のイーロン・トピックを解説していきます。

イーロンが電気自動車事業に取り組む理由

あなたはたとえ信じられなくても、イーロン・マスクの思想の真ん中にあるのは「人類と地球を救う」という壮大かつシンプルな思いです。
そのために「人類を火星に移住させよう」と考えますし、その達成までには時間がかかるので、地球環境の悪化速度を遅らせるために電気自動車を開発・製造しています。

しかし、肝心の電力を化石燃料に頼っていては、それ自体が地球環境を汚染し続けるので、ソーラーシティ社を起ち上げ、太陽光で発電するモデルまで作り上げました。急速な進化を続けているAIについてもイーロンは警鐘を鳴らしており、AIがもたらす潜在的な危険は「核兵器より大きい」と発言。AIがロボット兵器に使われることを懸念した公開書簡まで発表し、国連に対して「こうした兵器の禁止措置」を講じるよう強く求めています。「ロボットが通りを歩いて人間を殺戮するのを実際に目にするまで、人々はどのように反応すればいいのか分からない。こうした脅威に対して現実感が非常に希薄であるように思える」と彼は危機感をあらわにしました。

AIへの警鐘

その一方で、AIに対抗するためには「人類の能力を飛躍的に向上させる必要がある」と訴えて、その発露としてニューラリンク社を設立。ニューラリンク社は、脳マシンインターフェースの開発を行う会社で2016年にイーロンが創業しました。人間の脳に微小な電極デバイスを埋め込んで、直接、コンピュータと情報をやり取りする革命的な技術の研究を手掛けます。これも突拍子もないアイデアのように世間は受けとめました。しかし、イーロンはこの技術を「ニューラル・レース(神経のヒモ)」と呼んで、デバイスの埋め込みを「眼のレーシック手術ぐらいに手軽で安価なものにしたい」と大胆極まりない抱負を語っています。

彼は「われわれの出力(アウトプット)水準は極めて低い。特にスマホなどでは親指2本でタップするだけだ。これはバカバカしいほど遅い。それとは対照的に、われわれの入力(インプット)水準ははるかに高い。高帯域のビジュアル(視角)インターフェースを脳内に取り入れているためだ。われわれの目は大量のデータを取り込んでいる」と独特の説明をしています。

ニューラリンク社には、スタンフォード大やIBMでニューロチップを研究してきたポール・メロラをはじめ、ローレンス国立研究所のナノテク研究の主任研究員ヴェネッサ・トロサなど有力な研究者が集結しています。そして、イーロンはいきなり約2700万ドル(約27億円)の資金を調達し世間の注目度をグッと高め、本気度を見せつけたのです。

ニューラリンク社の技術は当初は難治性の脳疾患の治療を目指すようですが、いずれは、人間がAIの脅威に対抗するために役立てたいと考えています。こうしてみると、イーロン・マスクは「人類が直面する大問題」を次々と見つけ、それを解決するために常識破りの行動を縦横無尽に展開しているのです。

その根っこの部分はまったくブレていません。文字通り「人類と地球を救う」ことです。イーロンの活動は、「社会貢献」と言ってしまえば、たしかにそうです。しかし、自らのビジネス以上に「地球」や「人類」のことを考え、あくまでもその手段としてビジネスをやっていながら、誰もが不可能だと思うことを次々と実現させていくスケール感には魅了されてしまいます。「金儲けがうまいだけの経営者はもう見飽きた」という多くの人々を、惹きつけずにはいられません。そんなビジネスリーダーが他にいるでしょうか。

世界最大のリチウムイオン工場「ギガファクトリー」

イーロン・マスク率いるテスラではEVだけでなく、蓄電池も製造しています。企業向けに、テスラ車でも使っているリチウムイオン電池を大量に使った蓄電池「パワーパック」を販売しており、カリフォルニア州の大手電力会社「サザン・カリフォルニア・エジソン社(SCE)」に8万kWhの蓄電システムを約3ヵ月の短期間で完成させ、運用が始まっています。さらに、2017年12月にはオーストラリアにパワーパックによる世界最大の蓄電施設を100日で作り上げ稼働を開始し、3万世帯以上へ電力供給が可能となりました。

ところで、2016年にテスラはソーラーシティを合併しました。ソーラーシティはイーロンの従兄弟リンドン・ライブが創業した太陽光発電企業で、もともとは、イーロンがアイデアを出し、会長も務めていました。テスラ車用の高速充電のスーパーチャージャー・ステーションのルーフには太陽光パネルがありますが、それはソーラーシティが設置したものです。さらに一般住宅の屋根で太陽光発電をする屋根一体型の「ソーラールーフ」を作るなど、「テスラはただの自動車メーカーではない。エネルギー革命に力を注ぐテクノロジー企業であり、デザイン企業だ」とイーロンが自負する言葉は、極めて大きな意味を持っています。

核のゴミ処分場も見つからない原発や、CO2をまき散らす化石燃料での発電で儲ける電力会社からの呪縛を解き放ち、太陽光を利用して発電し、蓄電して電気を使えば、未来の子孫たちが安心して暮らせる持続可能な社会を作り出せる。

関わっている人たちが本気になれば、そんな未来を創造することは可能なのです。社会を見る、そして世界を見て、事業を考える姿勢は、テスラのギガファクトリーに表れています。ガソリン車に代わるEVを大量生産しようとしても、EVの基幹であるバッテリー供給が不足していては話になりません。

テスラはパナソニックからリチウムイオン電池を買い入れてバッテリーパックにし、テス
ラ車に搭載しています。そしてテスラ初の大衆車モデル3の量産を念頭に、ネバダ州に世界最大のリチウムイオン電池工場「ギガファクトリー」の建設をスタートし、2017年に稼働を開始しました。
フル稼働時にはテスラ車年間50万台の大量のバッテリー供給が可能となります。

ギガファクトリーは工場とは思えない美的デザイン性を兼ね備え、そこで使う電力は、太陽光発電と風力発電で賄います。その一方で総工費は50億ドル(約5000億円)の巨額投資となり、将来不安を指摘する声も多々ありました。

しかし、世界を見据えたイーロンにとって、ネバダ州のギガファクトリーは手始めに過ぎず、「200個のギガファクトリーが必要だ」とまで発言したこともありました。単純計算すれば、1億台のテスラ車へのバッテリー供給が可能な能力になります。

これが普通の企業なら、他社の動向を見ながら、ステップ・バイ・ステップで工場建設を進めていく手堅い方法を取るでしょう。しかし、地球環境の悪化は待ってはくれません。はやくEVを世界中に走らせなければいけないと考えれば、目先の小さな一手では間に合わず、リスクが高いことは承知の上で破格の大きな一手を打ち勝負する。巨大工場ギガファクトリーの建設は、まさに「世界の未来を考える」からこそできる一大事業なのです。