そして、本格的な高齢化社会の到来を控え、高齢者の介護で苦労する人が増えるという予想の下、介護が必要な状態になるリスクを社会全体でシェアするため、40歳以上の人が保険料を出し合う仕組みが創設されたわけです。分かりやすく言うと、40歳以上の人は「将来、自分も介護を必要となるかもしれない」という予想の下、介護保険料を支払っていることになります。

 こうした説明を聞いて、おかしなことに気づかれないでしょうか。

 つまり、介護が必要な状態に備えて、40歳以上の人は保険料を負担しているのにもかかわらず、いざ介護が必要になったら、介護予防の強化を通じて介護サービスを使えないようにすることを、政府は「自立」と呼んでいるわけです。

 さらに、そういう「自立」した状態を作り出す財源として、要介護になったときに備えて40歳以上の国民で負担し合っている保険料を大々的に使うというのですから、政府の政策はどこか"倒錯"した印象を受けます。介護保険が発足して20年近い歳月が過ぎ、当時を知る政策立案者が減る中、制度の原点が忘れられつつあるのかもしれません。

 そこで、今回は制度の原点に振り返る素材として、二つの映画を取り上げます。最初に1985年の『花いちもんめ』を見ていきましょう。

人権無視の老人病院
高齢者をベッドに拘束

『花いちもんめ』は、島根県出雲地方の美しい情景からスタートします。松江市の「郷土歴史史料館」に勤めるベテラン考古学者、鷹野冬吉(千秋実)が古代の遺跡発掘を指揮しているのです。

 しかし、これは約10年前の映像。年老いた自分にため息をつきつつ、仕事と実績に誇りを持っていた冬吉でしたが、貴重な石器を割ってしまうなど、仕事に支障が出始めたため、早期退職を促されます。そして物忘れも激しくなり、アルツハイマー型認知症と診断されます。