グーグル、マッキンゼー、リクルート、楽天など12回の転職を重ね、「AI以後」「人生100年時代」の働き方を先駆けて実践する尾原和啓氏。その圧倒的な経験の全てを込めた新刊、『どこでも誰とでも働ける』が発売直後から大きな話題となっています。
本書の刊行を記念しておこなわれた、リクルート時代をともにした起業家・けんすう(古川健介)氏との対談の最終回をお届けします。(構成:田中幸宏/撮影:疋田千里)

最初から差別がない職場をつくっておくと、
それが当たり前になる

尾原 デジタルじゃない部分で、リクルートで学んだことは何かありますか?

けんすう 社内でたまに言われていた「暗いやつは暗く生きろ」という言葉は好きでした。

尾原 あったあった! あれはいい考え方で、救われました。

けんすう リクルートというと、イケイケドンドンのイメージがあるけど、8割の人が騒いでいて、2割の人が暗かったりするんですよね。

 たとえば、飲み会の出し物とかを8割のイケイケドンドンの人がやっているのを、2割の暗い人たちが見ている、という構図になっても、この2割は孤独や疎外感を感じずに、それはそれで一体感があったりしました。冷めていないというか。

「暗いやつは暗く生きろ」リクルートの成功を支えた多様性けんすう(古川健介)
1981年6月2日生まれ。2000年に学生コミュニティであるミルクカフェを立ち上げ、月間1000万pvに成長させる。2004年、レンタル掲示板を運営する株式会社メディアクリップの代表取締役社長に就任。翌年、株式会社ライブドアにしたらばJBBSを事業譲渡。2006年、株式会社リクルートに入社、事業開発室にて新規事業立ち上げを担当。2009年6月リクルートを退職し、ハウツーサイト「nanapi」を運営する株式会社ロケットスタート(のちに株式会社nanapiへ社名変更)代表取締役に就任。

 コミュニティというのは、外の人との違いを意識すると中の結束が固まる傾向があると思うんですけど、リクルートはこの範囲がすごく広い。暗い人も自分はリクルートの一員だと思っていて、超明るい人と超暗い人がちゃんと同居しているというのは、なかなかない組織だなと思います。

尾原 いまの言葉に直すと「心理的安全性」につながるような話ですよね。別に暗くてもいいんだと。やんちゃなやつはやんちゃでも許されるし、暗いやつは暗くコツコツやっていても許される。

けんすう リクルートの社員は自社の社員を悪く言わないというベースがある気がします。なので、異常に心理的安全性が高い。新規事業をやりやすいのも、たぶん、失敗しても大丈夫と思っているからです。未だにリクルートの時の人にあっても、一番自然体で話せる。受け止めてもらえるという自信がある。そして、それがすごい生産性につながっている感じがします。

尾原 基本的に、ほめ文化。もちろん、結果に対してつめるところはつめるんだけど、結果をつめているだけで、人をつめているわけではないので。だから、「暗いやつは暗く生きろ」と。

――ダイバーシティとか言われるよりも、すとんと腹落ちしますね。

けんすう そうですね。もともと女性のほうが多いというのも関係あるんでしょうね。女性の管理職とかも多いですし、子持ちの人が午後3時に帰ったりしても成果を出しまくってたりしたので、それがふつうだと思っていました。そういうのが当たり前なのはいいですよね。

尾原 それはグーグルも同じで、最初から差別がない空間をつくっておくと、意外とすんなりいけちゃうということはあります。グーグルには、自分がLGBTであることをカミングアウトしている方がけっこういるけど、社内では、あまりにも当たり前だから、むしろ「え? ゲイなの?」と反応するほうがカッコ悪いみたいな文化があります。

 もしかしたら、そこが「どこでも誰とでも働ける」人になることの一番のハードルかもしれません。社内に転職者がいっぱいいたり、外部の人が出入りしていたり、時短勤務の人もいれば、リモートワークの人もいるみたいに、いろんな働き方が当たり前になっていれば、自分も行動しやすくなるけど、まわりに誰もそんな人がいないと、なかなか自分だけでは踏み出せない。

けんすう ツイッターにも書いたんですけど、ぼくが20歳くらいのころに知り合った大人たちはみんな無職だったんですね。就職している人のほうが少数派で、「会社帰りかよ」と逆にバカにされていたんです。それがふつうだと、「別に就職しなくても幸せそうな人たくさんいるな」って思ったので、就活で悩むという発想がなくなりました。多種多様な人と触れ合うって大事だなと思いました。

尾原 ぼくの昔からの友人も、いまだに1回も就職していないけど、ゲームの世界ではすごく有名な人で、そっちで食べています。どうとでもなるからね。そういう意味では、他の当たり前を早く経験しておいたほうがいい。その点、リクルートはよかったですね。あまり他では言われていないけど、暗いやつは暗くてかまわないわけだから。

けんすう 明るい人も暗い人もいるし、中卒の人もいれば東大卒の人もいるし、健常者もいれば車椅子の人もいるし、男性も女性も管理職になるし、男性も育休を普通に取るし、って感じですもんね。

苦手な領収書を1枚処理するために、
好きなゲームを4時間やる

尾原 最初の質問に戻るけど、若い人たちからの質問で「やりたいけどできない」以外で多いのは、どんな質問ですか?

けんすう 二番目に多かったのは、「やる気が出ません」「けんすうさんのモチベーションは何ですか?」というものです。これに悩んでいる人が多い、という印象はありました。

 僕の答えは簡単で、「すごい簡単なことでいいので習慣にしましょう」ということです。人間の行動の半分以上は習慣化されたことをやっている、と聞いたことがあるので、習慣化しちゃえば、モチベーションとかは別に必要ないのかなと。

「何から始めたらいいかわからない」「何をやっても続かない」という人でも、「いまから鼻をさわってください」と言うと、だいたいさわれるんです。なぜさわれるかというと、簡単だからですよね。

 なので、プログラミングの勉強をすると決めたら、どれだけ敷居を下げられるか。たとえば、「今日パソコンのほうに目を向けることはできますか?」と言うと、できるんです。そういうところから一歩ずつやると、絶対にできるようになる。

尾原 ベイビーステップの話ですね。まずはできることから始めてみる。

けんすう そうですね。あとは、どれだけ自分を甘やかせて基準を下げるか。ひろゆきさんは領収書を処理しなければいけないときに、4時間ゲームをやったら1枚処理するくらい基準を下げるそうです。

尾原 ひろゆきさん、領収書を1枚処理するのがそんなに大変なんですね(笑)

けんすう でも、4時間ゲームやってやっと領収書1枚処理するということになると、さすがに自分でも釣り合わないと思うらしいです。どこかに罪悪感があるんですね。それと、最初の1枚さえできれば、2枚目からは楽じゃないですか。それでなんとか終わらせているという話でした。

尾原 勝手に自分の中でハードルを高くしているだけだから、一歩目のハードルを低くするか、ないしは、自分をもっと甘やかすか。それで、実際にできるようになった人はいるの?

けんすう プログラミングできるようになりましたという報告が最近よく来るので、何人かはやっているんでしょうね。最初の関門さえクリアすれば、次は「これで一発当ててウハウハの予定だったんですけど、どうすればいいですか?」となって、「じゃあ、ウハウハってどういう状態ですか?」と聞くと、ウハウハがどういう状態かわかっていなかったりするので、それを言語化するようにすれば、目標設定できるんです。

尾原 人によってはウハウハが月収20万円くらいかもしれません。

けんすう かもしれないし、「ユーザー投稿が1日10件ある」だけでウハウハなのかもしれないので、そこを言語化すると、あとはHow(どうやって実現するか)の話をすればいい。

尾原 それはパフォーマンス・マネジメントの話ですね。自分のやりたいゴールを細分化して、その階段を昇っていくために、いまあるリソースで足りるのかどうか、たとえばお金は十分あるけどそれをやるだけの能力がないということをはっきり自覚したうえで、足りないリソースをどうやって補うのかを考える。あるいは、リソースがないことを前提にしたときに「いまできる最初の一歩は何か?」「その一歩目はいつ踏み出すのか?」を明確にする。

「暗いやつは暗く生きろ」リクルートの成功を支えた多様性尾原和啓(おばら・かずひろ)
1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab、取締役)、コーポレイトディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、Google、楽天(執行役員)、Fringe81(執行役員)の事業企画、投資、新規事業などの要職を歴任。現職の藤原投資顧問は13職目になる。ボランティアで「TEDカンファレンス」の日本オーディション、「Burning Japan」に従事するなど、西海岸文化事情にも詳しい。著書に『ITビジネスの原理』『ザ・プラットフォーム』(NHK出版)、『モチベーション革命』(幻冬舎)などがある。

 人間は一歩目を踏み出せれば、そのまま階段を昇ることはそこまで難しくないし、段差がキツくて昇れないと思っても、その段差をスモールステップ、ベイビーステップに細分化すれば、そこから昇っていけるはずです。

けんすう 「いまから1時間以内にできることは何ですか?」と聞くと、けっこう進みますよね。

――お二人は、最初の一歩を躊躇することはありますか?

けんすう 躊躇する理由はたくさんあるので、思いつく前になるべくやるようにしています。ぼくは皿洗いを毎日しているんですけど、全部終わらせようと思うと面倒くさいじゃないですか。なので、「絶対に全部終わらせない、1枚でも2枚でも洗ったらOK」と思ってやっています。そうすると、脳が騙されて「それくらいならいいか」「やっておくか」という気になるので、割とだましだましやっています。

尾原 ぼくが心がけているのは、有名な『カエルを食べてしまえ!』(ブライアン・トレーシー、ダイヤモンド社)という本に書いてある、一番嫌なものから手を付けるというやり方です。ぼくは月に1回は自分が嫌いな人、会いたくない人のところに会いに行くことにしています。嫌いということは、自分の中か相手に、自分では気づいていない何かがあるわけです。実際に会ってみると、自分の中のこの部分をこの人に投影するから、自分はこの人が嫌いなんだ、だからこの人から逃げたいんだということがわかる。そのうち、逃げたい自分を分解すること自体が楽しくなってきます。

けんすう 学びがあるんですね。

尾原 そういうことをずっとやっているので。たとえば、この本をつくるのも相当嫌で、自分のことを自慢っぽくしゃべるというのは、一番やりたくないことだったので、1日漫画喫茶にこもって『シャカリキ!』(曽田正人、小学館)を全巻読み直してからじゃないと、しゃべれなかったんですよ。そういう意味では、自分を甘やかす儀式というのは、ぼくの中では1日漫喫で『はじめの一歩』(森川ジョージ、講談社)を読んだり、『ベイビーステップ』(勝木光、講談社)を読んだりすることですね。

けんすう 打ち切られちゃいましたね、『ベイビーステップ』。すげえおもしろかったのに……。

尾原 そうなんだよ、あれは悲しい……。

けんすう しかし、尾原さんって実はみんなが思っている以上に、新しいことにチャレンジして自分を変えちゃう人なんですよね。

 もともと尾原さんは、絶対に自分の名前とかをネットに出さない、というタイプでした。黒幕キャラというか。それが、突然、本を出したり、YouTubeをやったりしちゃている。

尾原 リクルートでけんすうに会ったときは、グーグルでぼくの名前を検索しても、大学の卒業論文しかヒットしなかったですから。

けんすう それくらい徹底してネットに出ない、有名にならないという人でした。むしろ徹底してSNSとかもやらない人でしたよね。

尾原 だって、そのほうが自由だから。

けんすう そんな感じだったのに、生き方をガラリと変えて行動している。今までの成功パターンをアンラーニングして全く新しいスタイルに切り替えれている。年齢的には珍しいかもしれないですね。

尾原 自分をさらし始めたのが42歳のとき。なので、その気になれば、いつでも人間は変われるということです。

※この対談連載は全5回です。各回へのリンクはこちら。
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