洋服屋の若者からの問いかけ
松山 淳(まつやま・じゅん)
企業研修講師/心理カウンセラー 産業能率大学(経営学部/情報マネジメント学部)兼任講師
2002年アースシップ・コンサルティング設立。2003年メルマガ「リーダーへ贈る108通の手紙」が好評を博す。読者数は4000名を越える。これまで、15年にわたりビジネスパーソン等の個別相談を受け、その悩みに答えている。2010年心理学者ユングの性格類型論をベースに開発された国際的性格検査MBTI®の資格取得。2011年東日本大震災を契機に、『夜と霧』の著者として有名な心理学者のV・E・フランクルに傾倒し、「フランクル心理学」への造詣を深める。ユング、フランクル心理学の知見を活動に取り入れる。経営者、中間管理職など、リーダー層を対象にした個別相談、企業研修、講演など幅広く活動。
ある日、ひとりの青年がフランクルのもとを訪れました。「生きる意味がない」ということについて議論となりました。青年は言います。
「あなたはなんとでもいえますよ。あなたは現に、相談所を創設されたし、人々を手助けしたり、立ち直らせたりしている。私はといえば……。私をどういう人間だとお思いですか。私の職業をなんだとお思いですか。一介の洋服屋の店員ですよ。私はどうしたらいいんですか。私は、どうすれば人生を意味あるものにできるんですか」※1
これに対するフランクルの答えが冒頭の言葉です。
青年がいった「相談所」とは、フランクルが24歳の時に創設した「青年相談所」のことです。悩める若者たちを対象に匿名で相談を受けられる場所をフランクルはつくりました。後にヨーロッパの6都市に設立され、フランクルは講演活動に飛び回ることになります。
青年との出会いが何年であったか文献には記されていませんが、青年からすればフランクルは、社会的に大きな意味ある仕事をしている偉大な存在だったのでしょう。フランクルは、冒頭の言葉に続けてこう書いています。
「活動範囲の大きさは大切ではありません。大切なのは、その活動範囲において最善を尽くしているか、生活がどれだけ『まっとうされて』いるかだけなのです。各人の具体的な活動範囲では、ひとりひとりの人間がかけがえのなく代理不可能なのです。だれもがそうです」※2
会社には花形の部署もあれば、そうでない部署もあります。社会から脚光をあびる大きな仕事もあれば、目立たない小さな仕事もあります。
人は自分なりの価値基準で、自身の、あるいは、他人の仕事に評価を下し、自分より「上の仕事」をしているとうやらんだり、「下の仕事」をしていると見下したりします。
青年は自分とフランクルを比べて、「洋服屋」の仕事を価値がないと侮蔑するような発言をしています。「一介の洋服屋」の「一介」は、「取るに足りない一人」「つまらない一人」という意味です。
フランクルは、青年の仕事観を変更(リフレーム)するよう求めます。つまり、どんな仕事をしていても、それが一介の洋服屋であっても、もし、青年が自分の仕事に最善を尽くすならば、「創造価値」が生まれて、人生は意味に満ちるのだということです。
反社会的な仕事はもちろん問題外ですが、そうでなければ、どんな仕事も社会に必要とされているから存在しているのであり、意味のない、価値のない仕事など本来、無いのです。もし、「意味がない」と考えるならば、その人の「考え方」「現実のとらえ方」が、仕事を無意味なものにしているのです。
余談ですが、拙著『君が生きる意味』の主人公であるボクの職業を「洋服屋」にしたのは、このエピドーソから着想を得ています。