フレキシブルな働き方で売り上げと生産性がアップし、
「働きがいのある会社」1位に

 フリーアドレスは当初、特に中間管理職から強い懸念を持たれていたらしい。ロッカーも大きくないので、紙の書類を入れておくスペースはあまりない。必然的にペーパーレスに向かわざるを得ない。

 また、庶務的な業務は各部門からなくなり、統合してサービスセンターを作った。これにも不満が漏れた。固定席がほしい、書類を入れるところがほしい、アシスタントがほしいという声が強かったというが、実際にオフィスを作ってみると好評だった。前出の樋口前社長は言う。

「紙の書類がなくなるとオフィスがすっきりして、見通しが良くなるんです。しかも、誰でもすぐに名前を検索して簡単にアクセスできるSkype for Businessなどのツールがありますから、いつでも部下とコミュニケーションができる。席が固定されていませんから、むしろ、パッと集まって話をする協業が増えた。そもそも明るいファーニチャーですから、雰囲気も楽しくなったようです」

 フリーアドレス、クラウドサービスと、こうしたインフラが整ったことで、会社に来ないで仕事をする在宅ワークやテレワークが可能になった。会社もそれを推奨。時間に縛られないフレキシブルな働き方ができるようになった。

 子育てに活かせることはもちろん、毎週水曜日は在宅勤務をする、介護の心配があるので来週は故郷で仕事をする、自宅のほうが集中できるので今日は自宅で仕事をする、海外出張の合間に帰国するのは大変なので海外で仕事をしてくる、などさまざまな働き方が実践されるようになった。前出の岡部本部長は言う。

「ほぼ100%の社員が、会社以外の場所で仕事をするテレワークを行っています。1ヵ月に1度も使わないという人はほぼいないと思います。週に1回から3回くらいが多い。もちろん、会社に来なければ仕事ができない職種もありますが、逆に会社に来なくてもできる仕事もあります。会社としては、しっかり結果を出してもらえれば、基本どこで仕事をしてもらっても構わないという考え方です」

 夜遅くまで会社でモーレツに働く文化は、大きく変わった。それは、社内調査の結果にも表れている。改革前に比べ、ライフワークバランスの社内満足度は40%も向上。女性の離職率は40%減。育児休業あけの女性社員の復帰率は100%になるという。

 意識調査機関Great Place to Workが発表した「働きがいのある会社」ランキングでは、5年間で2度、1位に輝いている。

 そればかりではない。働き方改革は会社の業績にもプラスをもたらした。売り上げが伸びている一方で、従業員数は実は横ばいか少し減っている。社員一人当たりの売り上げが26%伸びたということだ。事業生産性が上がったのである。

 また、旅費・交通費が20%減。会議もオンライン化が進んだことで、ペーパーレスが49%も進んだ。営業からは「移動時間や会議が減り、お客さまとのコミュニケーションに使える時間が増えた」という声がたくさん上がった。

 ただ、実はマイクロソフトの日本法人の「働き方改革」へのチャレンジは、これが最初ではなかった。2000年代の頭から、オフィスを変えてフリーアドレスの仕組みを入れたり、子育てや介護のためにと在宅勤務の制度を導入したりしていたのだ。

 ところが、うまくいかなかった。マイクロソフトテクノロジーセンターで、自身のマイクロソフトでのさまざまな経験もベースにしながら、働き方改革の伝道師とでも言うべき仕事を担い、全国を飛び回っている小柳津篤氏は言う。

「空間デザインの変更でいえば、同じことを過去に3回やっているんです。でも、何も変わりませんでした。フリーアドレスなのに、みんな同じ席に座っていました。結局、昔のほうがいいということで元に戻してしまった」

 では、2011年の改革は何が違ったのか。過去の失敗を検証し、活かしたことがひとつ。そしてもうひとつが、経営陣の強い危機感だった。

 2011年の改革では、生産性向上や非効率排除の他に、最新のテクノロジーを使った最新の働き方ができるようにする、さらには社員がワクワクして働けるようにする、という狙いがあった。

 ドラスティックに環境が変化していくなか、働き方が縛られていたのでは、すばやく変化に合わせて動くことができない。社員も生き生きと働けない。変化の激しい時代に対応し、イノベーティブに組織が活動していくには、フレキシブルな働き方が欠かせないと考えたのである。だからこそ、強いリーダーシップが発揮されたのだ。

 そして、それが決定的になる場面がやってくる。2011年3月11日、東日本大震災である。