森嶋はまばたきした。目の前にある、一見味気ない近代都市もどこか温かみを持った街のように思えてくる。

「どうだね。少しは具体的なイメージが生まれたかね」

「しかし、この構想をいつから――」

「私が国交省を退職してから4年がすぎている。意に染まない仕事と退職だった。最初のうちは残念さも、また腹立たしさもあって、田舎に引っ込んで釣りと野菜作りに生きていこうと本気で思ったりもした。しかしあるとき、私たちのやってきたことはゼロになったわけじゃないと思うようになった。私たちが目指してきたことは決して無駄じゃない。いや、無駄にしちゃいけないと思うようになった」

 村津は自分自身に納得させるようにゆっくりとしゃべった。

 早苗は村津を見護るような眼差しを向けている。

「そうして作り上げたのがこれですか」

「おそらく、当時の政府や国民からは一笑に付されるものだろう。今だって、受け入れる者は多くはいないだろう。しかし、時代は変わっている。こういう考えを受け入れる者も出てくるかもしれない。そういう思いも生まれた。私が考えてきたことを長谷川先生に話すと、幸い賛同してくれた。そして、先生が図面と模型にまとめ上げた」

「村津さんと私、早苗さんの共同作品と言うべきでしょう。そして先ほどまでここにいた、若い建築家、科学者、技術者、音楽家、芸術家、マスコミ、医療関係者、様々な人たちが協力してくれました」

 長谷川が言った。

「東京は首都機能が減少しても、今後も経済、文化、教育など様々なものの中心都市となって残り、さらに発展していくでしょう。しかし、これはあくまで一つのたたき台にすぎません。この都市と同様に、多くの意見を取り入れ、変化していくものです」

 森嶋の疑問に答えるように付け加えた。

「一つ問題があります」

 森嶋の言葉に長谷川が視線を向けた。

「移転先ですね」

「先の移転準備室で上げられた地域を考えているのですか」

「2011年の大震災で状況が変わりました。東京より東は難しいでしょう。名古屋近辺も問題があります。東南海地震の危険性と原発がありますから。近畿地区も難しくなりました。太平洋沿岸は、やはり地震と津波で賛同は得られないでしょう。東海、東南海、南海地震の影響を受けそうな地域は避けるべきです。これらの地震は連動する恐れがあります。その場合、マグニチュード9の地震発生の可能性もある。太平洋岸は広域に渡ってひどい被害を受けます」