夢―――。
この言葉を耳にしたとき、あなたはどんな感想を抱くでしょう。
昭和のポップスや演歌の歌詞じゃあるまいし。
我々はもうそんなことを語る年齢でもあるまいし。
判で押したように封切られるハリウッド映画の邦題で十分さetc…
ビジネスの世界で日々タフに働いている方ほど、その甘い言葉の響きに、ちょっと抵抗を感じてしまう向きは多いかもしれません。
しかし、『感動経営――世界一の豪華列車「ななつ星」トップが明かす49の心得』の著者・唐池恒二さんは仕事の現場を駆け回っていた若かりし時代から、夢という言葉を機関銃のように用いています。
外食産業の時代には赤字を克服し、黒字を達成することが夢。
黒字を達成したら、東京に進出を果たすことが次の夢。
そしてまた、東京で黒字を達成することが次の新しい夢。
時を経るなかで次々と更新されていった夢は、やがて、
「世界一を目指すことなくして、日本一にはなれない!」
こんなセリフとともに、世界一の豪華列車を目指すプロジェクトにまで上り詰めることになりました。
そんな壮大な夢であった「ななつ星in九州」の就航が果たされてからはや5年。
数々の場面で、夢を更新しつづけてきた唐池恒二さんと水戸岡鋭治さんの特別対談の後篇である第4回、第5回では、夢を果たしていったプロセスとなおも溢れ出る新たな夢が語られます。
あなたも「果たすべき夢に気づいていないだけ」なのかもしれません(!)。
では、どうぞ。(編集・構成/ソメカワノブヒロ)

どんなPhaseでも<br />果たすべき夢を見つけるのが<br />経営者やリーダーの役目 <br />JR九州会長・唐池恒二氏(右)とデザイナーの水戸岡鋭治氏(左)(提供:JR九州)

綺麗すぎると売れない。
だから「ちょっと汚して」

水戸岡  赤字経営だったJR九州の外食事業部を唐池さんが立て直し、グループ会社化するまでの顛末は2015年の著作『鉄客商売』(PHP研究所)で6篇にわたって語られるなど、非常に思い入れが強いように見受けられますが。

唐池 そうですね。ななつ星に至るプロセスが生まれたのも、あの外食事業での屈辱と逆転の経験があったからこそだと思っています。
 あのときは8億円の赤字解消から黒字、そして東京進出と夢を次々と語りました。店舗レベルの時間刻みの数値目標などというものも、今思えば大きな夢を小さく刻んだものだったんですな。

社内の行動訓練の取り組みから派生する形で生まれた演舞チーム「JR九州櫻燕隊」。『感動経営』の中にも詳細が紹介されているが、これもやはり唐池プロデュース。動画は「かごしま春祭大ハンヤ2018」で大賞を受賞したのち披露された演舞の模様。
どんなPhaseでも<br />果たすべき夢を見つけるのが<br />経営者やリーダーの役目 <br />

水戸岡 本の中ではあまりふれられていませんが(笑)、私もかなり多くの場面でご一緒させていただきましたね。

唐池 『本気になって何が悪い』(PHP研究所)の中ではそれなりに(笑)ふれていますよ。

水戸岡 そうそう。その文中と対談ページでも紹介されていたと思うけど、唐池さんと外食店舗をつくっていたときにとても印象的な言葉があったんです。完成間際の工程のなかで、唐池さんはこう言ったんですよ。
「水戸岡さん、ちょっと汚して」

唐池 そんなドリフみたいなことを言いましたか。「ちょっとだけよ」でしたか?

水戸岡(笑)違います。「ちょっと汚して」です。
 あれには本当に驚かされまして、デザイナーに向かってそういうことを言える経営者がいるんだなと、あの瞬間改めて感銘を受けたんです。

水戸岡鋭治(みとおか・えいじ)
インダストリアルデザイナー、イラストレーター
1947年岡山県生まれ。「ななつ星 in 九州」では九州の新たな魅力を示す原動力となるデザインを次々と展開。職人的かつアーティスティックな描画力に加え、国内外における豊富なデザインの経験量に裏打ちされたプランニングと設計の独創性はまさに唯一無二。ブルネル賞、毎日デザイン賞、菊池寛賞など受賞歴多数。『感動経営』では装丁・本文デザインを担当した。

唐池 水戸岡さんが「感銘を受けた!」とおっしゃるときには、だいたい直前で一瞬ムッとされていますよね(笑)。
 それはともかく、その場面はよく覚えていますよ。たしか東京の「赤坂うまや」の店舗デザインを途中からピンチヒッター的に請け負っていただいたときのこと。

水戸岡 市川猿之助丈のかつてのお住まいがあった土地で、というお話でしたから、かなり張り切って臨んだのは事実です。
 それでプロジェクトリーダーである唐池さんに経過報告を兼ねて見ていただいたら、「ちょっと汚して」と。さらには「水戸岡さん、このままでは綺麗すぎるんだ、売れない」と。

唐池 そうでしたね。「芸術は売れない」「売れるのは商品」。これは外食事業のみならず、商売の基本だと私は思っています。

水戸岡 ちょっとだけ汚すというデザインを、現実化するのはなかなか難しかったけれど、古民家の古材やざっくりと風合い豊かな木のテーブル、懐かしい土壁の表情などの力を借りて、なんとか唐池さんのイメージを実現できたかなと思います。

唐池恒二(からいけ・こうじ)
九州旅客鉄道株式会社(JR九州)会長
1953年大阪府生まれ。鉄道会社にもかかわらず、鉄道以外の事業(船舶、外食、不動産、農業など37グループ会社)の売上を6割にして、赤字300億円のどん底から黒字500億円に躍進。本業でも、D&S(デザイン&ストーリー)列車、日本初のクルーズトレイン「ななつ星 in 九州」でヒットを連発。2016年東証一部上場。最新刊に『感動経営』がある。
どんなPhaseでも<br />果たすべき夢を見つけるのが<br />経営者やリーダーの役目 <br />「赤坂うまや」の外観