「世界一じゃなくちゃ、日本一じゃねえんだ!」
HONDA創業者・本田宗一郎氏の有名なセリフです。
終戦まもない時代、本田氏がリンゴ箱の上から社員にこの言葉を投げかけてからおよそ60年後、九州の鉄道会社の経営者もこんな言葉を皆に訴えました。
「世界一を目指すことなくして、日本一にはなれない!」
一般的な感覚であれば、いわゆる無茶振り(!)にしか聞こえないセリフかもしれません。
『感動経営』の著者であり、JR九州会長である唐池恒二さんのこの信条(モットー)に当初から大いに共鳴し、多くのプロジェクトでタッグを組み、幾度となく新たなチャレンジと成功譚を繰り広げてきた“パートナー”がデザイナーの水戸岡鋭治さん。
JR九州が発足した1987年当時、九州にはまだ影も形もなかった新幹線、同社の代名詞たる数々の「D&S(デザイン&ストーリー)列車」、そして「ななつ星」。さらには、同社の多角事業の象徴である外食事業、船舶事業、駅、ホテル、そしてまちづくり。
この二人が携わったプロジェクトは九州を超え、日本全国に大きな驚きと感動を提供し、そして鉄道デザインとビジネスモデルを評価する世界的権威である「ブルネル賞」を7度にわたり受賞するなど、海外でも高い評価を得るに至っています。
そしてそして、実はお二人の最新のプロジェクトともいうべきものが、実はこの『感動経営』なのです。
数々のお仕事同様に唐池さんのディレクションを伴うかたちで、『感動経営――世界一の豪華列車「ななつ星」トップが明かす49の心得』の装丁とデザインを水戸岡さんが手がけてくださったのです。
そしてお二人の代表作といえば、なんといってもクルーズトレイン「ななつ星in九州」。ブルネル賞をはじめ、数々の世界的評価と未曾有のインパクト、そして感動を更新しつづけるこの「ななつ星」誕生のサイドストーリーにあった経営者のワザとは!?
今回は、登場人物がやたらと泣きます。
『感動経営』発刊記念特別対談のVOL.3は「重ねた手間が号泣に変換するまで」。
ではどうぞ!(編集・構成/ソメカワノブヒロ)

JR九州会長・唐池恒二氏(右)とデザイナーの水戸岡鋭治氏(左)(提供:JR九州)

1万枚のデザイン画から
実現された「ななつ星」

唐池 僕は嫌いなものが3つありまして。それは鉄道、観光、アウトドア(笑)。そんな僕がイースタン&オリエンタル・エクスプレスの視察をする中で、車窓からの景色にすっかり魅せられたんですな。

水戸岡 鉄道、観光、アウトドア。これが嫌いと公言して、その立場にあるんだから。ほんとうに鉄道業界の七不思議のひとつですね。

水戸岡鋭治(みとおか・えいじ)
インダストリアルデザイナー、イラストレーター
1947年岡山県生まれ。「ななつ星 in 九州」では九州の新たな魅力を示す原動力となるデザインを次々と展開。職人的かつアーティスティックな描画力に加え、国内外における豊富なデザインの経験量に裏打ちされたプランニングと設計の独創性はまさに唯一無二。ブルネル賞、毎日デザイン賞、菊池寛賞など受賞歴多数。『感動経営』では装丁・本文デザインを担当した。

唐池 その七不思議が、そのとき気づいたんです。インドシナの雄大な景色と、クラシックを基調とする品のいいインテリア、そして笑顔の接客。時間とともにそれらを映す光も変わってゆく。そういう時間の流れと景色のなかで食べる食事こそが最高。この気づきによって、ダイヤや提供するメニューの内容、車両内の厨房機器などに大規模な変更が加わりましたなぁ……(遠い目)。

水戸岡 あのときばかりは、まさに「クルーズトレインならぬクレイジートレイン」というあの非難めいた言葉を思い返していました。
 2013年10月15日の出発式の直前まで、職人たちも私も、「ななつ星」という列車がはたしてどれほどの姿で実現してくれるのか、正直掴むことができなかった。

唐池 私もそうです。AKBの秋元康さんにも等しい総監督のはずなのに、水戸岡さんと職人さんたちのもはや狂気にも近い気迫が凄すぎて、もう私すら寄せつけないような雰囲気が漂っていました。

水戸岡 デザイン画はトータルで1万枚を超えたでしょう。九州新幹線のときと比較しても、10倍、いや20倍は描いたという感覚がこの手に残っています。

唐池恒二(からいけ・こうじ)
九州旅客鉄道株式会社(JR九州)会長
1953年大阪府生まれ。鉄道会社にもかかわらず、鉄道以外の事業(船舶、外食、不動産、農業など37グループ会社)の売上を6割にして、赤字300億円のどん底から黒字500億円に躍進。本業でも、D&S(デザイン&ストーリー)列車、日本初のクルーズトレイン「ななつ星 in 九州」でヒットを連発。2016年東証一部上場。最新刊に『感動経営』がある。