仁子さんの二黒の心を開花させた
母・須磨さんが諭した武士の教え

 安藤仁子さんは大阪の商家の三女として幼児期は“裕福な”生活を送っていました。しかし、父親が経営していた会社が倒産した後、仁子さん家族の暮らしは大変厳しいものになっていきます。

 家賃が払えなくなって引っ越しすることもたびたびあり、家計を助けるために仁子さんは女学校を休学して働きに出ることも。まさに、“波乱万丈”な暮らしをしていたのです。

 この仁子さんの支えになったのがお母さんの須磨さん。
 須磨さんの実家は代々鳥取藩主に仕えた藩士の家で、日頃から須磨さんは「私は武士の娘です」が口ぐせだったそうで、その気丈で何が起こっても動じない姿は、仁子さんのマインドにも大きく影響していたに違いありません。

 そして、須磨さんが仁子さんにいつも言って聞かせていた言葉があります。
 いわば“母の教え”ですね。それが以下です。

《クジラのように物事をすべてのみこんでしまいなさい》
安藤百福発明記念館編『チキンラーメンの女房 実録 安藤仁子』(中央公論新社)

 母・須磨さんは婿養子をむかえて家を継ぐために結婚をしますが離縁。
 先生になる夢を描いて大坂に出てこられた方でした。
 仁子さんに言い聞かせていたこの言葉は、須磨さんの人生訓でもあり、家を代々守っていくために伝えられてきた、武士の家の大事な教えでもあったのではないかと思います。

“どんなにつらいことがあっても、どんなに大変なことがあっても、それは逃れられない宿命みたいなものだから、逃げずに受け止めてしまいなさい。
 そして、何事もなかったかのように前を向いて歩いていきなさい。それが繁栄につながるから。”

 私はこんなふうに解釈しますが、このような我慢と忍耐の教えは二黒の仁子さんにとっては十分腑に落ちる言葉だったのではないでしょうか。
 たとえば「クジラ」という言葉を「大地」に変えて読み直すと・・・

《大地のように物事をすべてのみこんでしまいなさい》

 まさに大地の二黒のテーマですよね。
 ナインコードは『易経』をもとにした九星気学をデータとして進化させた「統計学」ですが、もしかしたら母・須磨さんは、武家の教養として易経や気学に接していたのかもしれません。