アマゾン社内には隠密が放たれている

朝倉 コミュニケーションといえば前編でも少し触れましたが、ベゾスが社内の統治をどうしているかが外部からはなかなか見えてきません。成毛さんは、アマゾンを江戸幕府になぞらえています。江戸幕府が各藩の内政に直接関わらずに緩い統治をしたような仕組みを、ベゾスも敷いているんでしょうか。

アマゾンの成長を押し上げた「ザイオンス効果」と社内隠密の存在とは?「アマゾンの隠密はコントローラー」とよむ成毛さん

成毛 幕藩体制を支えたのはスパイです。鹿児島弁は、薩摩藩が幕府からのスパイに言葉を理解させないための人工的な言語との説もあるくらいです。幕府も幕府で、そうした各藩の工作に対処するために、その土地の方言を使う隠密を養成するんですけどね。江戸末期を除くと、幕府は各藩の情報をかなり詳しく知っていたと思って間違いないでしょう。では、アマゾンにおける隠密は誰かと考えると、私の日本マイクロソフト時代の経験に照らし合わせると、コントローラーの可能性が高いですね。
 
朝倉 コントローラーは日本では耳慣れない役職ですが、外資では非常に重視されますね。財務分析を用いて、どこに資源を集中すべきか、どの投資を見送るべきかなど、事業戦略の視点も持ち合わせていた役職です。日本の企業ですと、経理部長でもあり、経営企画部長の顔も併せ持つ存在と言えばいいでしょうか。

成毛 そうですね。日本でいう経理担当者が、単なるコストダウンだけでなく、「ここにお金を使うべき」と助言する。欧米の企業にあって、日本企業にない文化です。大手の欧米企業では一般的に、全体を統括する最高財務責任者(CFO)がいて、その下に本社担当のコントローラーがいるほか、営業地域ごとにもコントローラーがいる。規模が大きい会社であれば、事業部ごとにもコントローラーを置いている。アマゾンも国単位、事業単位でコントローラーが見ていて、それが強みになっているのではないでしょうか。逆に言えば、そういう体制でないと幕藩体制は維持できないですよ。

朝倉 アマゾンの場合、隠密たちのファイナンス的考え方が、体制を支える共通言語になっているわけですね。マイクロソフトの場合、コントローラーにはどのような属性の人たちが就いていたのでしょうか。

成毛 マイクロソフトの場合、コントローラーは全員、CPA(公認会計士)でした。そのうち半分は、アトニー(契約書の作成などを手がける事務弁護士)でもありました。両方の資格を持っていないと、大きな部門のコントローラーになれないのが現実です。
 大手外資の現地法人の経営者に欠かせない能力は、本社から優秀なコントローラーを引き抜いてくることといっても過言ではありません。私も日本法人の社長になって最初に手を付けたのは、コントローラーの確保でした。本社に行って旧知のCFOに相談し、優秀なコントローラーを紹介してもらいました。
 彼が来て一番変わったのが、開発部門です。当時、日本ではマイクロソフトが販売するワープロソフト「ワード」がジャストシステムの「一太郎」をシェアで抜けるかが最大の課題でした。結局、マイクロソフトは一太郎を抜くまで、ひたすら開発資金を投下しつづけました。こうした判断を、ファイナンスの専門家のコントローラーがするわけです。本社でスカウトした彼の下に2人のコントローラーを置いたのですが、そのうち1人は公認会計士の資格をもっていて、のちにロッテリアの社長になっていますね。

経営者は一従業員より成長スピードが1000倍速い

アマゾンの成長を押し上げた「ザイオンス効果」と社内隠密の存在とは?「日本企業も、ファイナンスで会社が変わるという意識をもっと持つべき」と朝倉さん

朝倉 欧米企業のコントローラーがいかに有能かを物語るエピソードですね。今の話からもわかるように、「ファイナンスで会社は変わる」という視点を、日本企業はもっと持つべきでしょう。
日本でもキャッシュフロー経営が叫ばれて20年超が経過しましたが、企業経営者の意識変化はまだまだ進んでおらず、PL脳の経営者が非常に多い印象です。そうした中で、ファイナンスで会社が変わった最たる例が、日立製作所ではないでしょうか。面白いことに日立の業績をV字回復させた川村隆さん(現東京電力ホールディングス会長)、川村さんの後を継いだ中西宏明さん(現日立製作所会長)、いずれも子会社のトップを経験しています。

成毛 子会社にいると、親会社との折衝も必要ですし、場合によっては直接、銀行から融資を受けている場合もあります。小さいながらも全体をマネジメントしなければいけません。PLだけ見ればまだ大丈夫そうでも、キャッシュがなかったらおしまいな状況を否が応でも肌で感じます。一方で、大企業の本社に居続けて営業部門や開発部門のトップから、純粋培養で社長に就任してしまうと、PL脳に陥りやすいかもしれません。

朝倉 『ファイナンス思考』も、どちらかと言えば大手企業より、スタートアップの経営者が関心を持って読んでくれているケースが多いようです。

成毛 一部の大企業を除けば、ベンチャーであろうと大田区の町工場であろうと、経営者にとっては会社に関わるすべてが自分の問題です。常に危機感があるし、常に学習しようとしている。経営者は一従業員とは成長スピードが1000倍は違いますよ。開発から製造、販売、アフターサービス、不動産管理まで何か工夫できないかと常に頭を使っています。テレビで経済ニュースが流れていても、明日のビジネスのタネとして使えるかという視点で常に見るのが経営者です。『ファイナンス思考』も『amazon』も、そのような人に明日から使える内容になっているのではないでしょうか。日本の会社数は400万社を超えますから、少なくとも400万人の人には読んでもらえるかなと思っているんですけどね(笑)。

アマゾンの成長を押し上げた「ザイオンス効果」と社内隠密の存在とは?400万人のみなさま、ぜひ手に取ってご覧ください!(プレッシャーを受けた編集者より)