確かに、生の魚にはそれにしか持ち得ない、海や川といった水資源から生み出された美味しさがある。一方で、太陽や風といった陸の恩恵を受けた干物には、合わせた他の食材の味さえ一変させるほどの凝縮された旨味がある。一例が、気仙沼で獲れる、干したアワビ、さらには世界一とも言われるフカヒレだ。しかし、生を至上とする価値観の中では、ドライ・フードは「それ以外」の食べ物とされがちである。
前述の「発見」に基づき、プロジェクトMaruでは、気仙沼とトラムートラの食文化を融合し、とりわけドライフードに焦点を当てたレシピや食べ方の開発、新たなドライフードのアイデアづくり、これらの情報発信を進めるプロジェクトを企画している。「ドライフード・ラボ」と称して、今秋から本格的な活動を進める計画だ。生食至上という固定観念を解放し、魚など気仙沼の地産品をドライという切り口から美味しく食べる新たな食文化を生み出す。そして、その発祥の地として、気仙沼に新たな光が当たるのではないか。期待はそれだけにとどまらない。
固定観念からの解放が気仙沼を救う
震災前の気仙沼市の年間総生産額(七十七銀行による、平成17年度の推計) は、4379億円。その内訳を見ると、水揚げ253億円に対して、水産加工を中心とした食品製造986億円と、後者が総額の約23%を占める。この数字からも、既に気仙沼の経済を支えているのが水産加工業であることは明らかだ。
その代表格は、卓越した加工技術で世界的に高い評価を得ているフカヒレだろう。他にも、水揚げ量日本一のカツオを使った生利節(なまりぶし)や角煮、目黒のさんま祭りに提供していることで知られる良質なサンマを用いた燻製や開き、佃煮、全国有数の生産量を誇ってきたイカの塩辛。挙げればキリがないほどで、カジキの燻製や塩ウニ、蒲鉾、ワカメやコンブ、ヒジキ、ノリなど海藻を使った加工品に至るまで、バラエティに富んでいる。
ドライフード・ラボが提唱する新たな食文化の普及は、鮮魚に対してこうした水産加工品の価値を相対的に高める。その結果、一次生産者である漁師は、鮮魚の取引への依存度を下げることができる。6次産業化と称される、漁獲から加工・販売に至るまでのひと続きを、みずから手掛けることも容易になるだろう。魚1匹あたりの価値が高まれば、無理な乱獲の必要性もなくなる。そして、最終的には漁業資源を守っていこうという意識が、ボトムアップで高まるのではないだろうか。