日本という国に作用する不思議な「何かの力」

 虚構が「人を動かす唯一の力」だからこそ、山本氏はこう指摘します。

 従ってそこ(=虚構)に「何かの力」が作用して当然である(*3)。

 山本氏は『「空気」の研究』の中で、小谷秀三氏の言葉を紹介しています。小谷氏は戦時中に技術者として日本軍に徴用され、フィリピンで破滅的な戦闘に巻き込まれて九死に一生を得た人物です。

 これは軍人そのものの性格ではない。日本陸軍を貫いている或る何かの力が軍人にこうした組織や行動をとらしめているのだ。(小谷秀三『比島の土』より)(*4)

 次の引用は戦後30年たった経済立国日本で、スイスの製薬会社の社員による言葉を取り上げた『環境問題の曲り角』(北条誠・著)の一文です。

 日本は、実にふしぎな国である。研究室または実験室であるデータが出ると、それを追求するよりも早く、何かの力がそれに作用する……。(スイスの製薬会社社員の言葉)(*5)

 新たな情報が、まるで何かに取り込まれて統制される姿の描写のようです。小谷氏と北条氏が描いた、日本という国に作用する不思議な「何かの力」とは一体何なのでしょうか。

日本を滅ぼす圧力の正体

 この連載で空気の分析を進めてきましたが、「何かの力」は次のように考えることが可能です。

【日本に作用する「何かの力」とは】
 新たな事実や発見が、醸成している空気に一致しない場合、先んじてその新事実や新発見を取り上げて、「空気に一致する解釈」をつけて大々的に公表する。新たな事実や発見を、空気で日本を支配している側の不利にさせないための行為。

 今のマスコミ報道にも似ていますが、何か事件なり問題が起きると、○○の事実はこう解釈するのが正しいのだ、という講釈師が洪水のように氾濫します。

「何かの力」と、紳士は言ったが、その抽象的な表現が、かえって私の心を傷つけた。左様。たしかに、一つのデータ、現象、事件に、日本ではすぐ「何かの力」が作用する。マスコミがとびつく。そして大きな渦となり誇大に宣伝され、世論となる(*6)。

 先に紹介したように、空気が「支配装置」であるなら、「何かの力」がすぐ作用するのは当たり前の現象でしょう。

 例えば、新発見が既存の支配的メーカーなどにとって不都合な技術的発見である場合、社会や大衆がその価値を正しく判断する前に「違う誘導をする」必要があるからです。

 そのため「実験室で出たあるデータ」に電光石火で飛びついて、講釈師に都合のいい空気を醸成する目的で記事を書かせ、マスコミに大量配信させて誘導するのです。

 体制側に不都合な問題が起こったときも、自分たちにとって都合のいい空気=世論を誘導する力が日本ではすぐに働きます。

 虚構は人を動かす力となるゆえに、人を操る道具としても日々利用されているのです。

(注)
*3 『「空気」の研究』P.161
*4 『「空気」の研究』P.150
*5 『「空気」の研究』P.150~151
*6 『「空気」の研究』P.151