現実は相対的で、絶対化はできない。どんなに健康的な食べ物でも食べ過ぎれば害になるように、ほとんどのことには成立に条件が存在する。しかし、日本人はすぐに物事を絶対化し、頻繁にウソや矛盾を生み出している。組織の中で絶対化が進むと、途中では止められない悲劇が生まれることに――。15万部のベストセラー『「超」入門 失敗の本質』の著者・鈴木博毅氏が、40年読み継がれる日本人論の決定版、山本七平氏の『「空気」の研究』をわかりやすく読み解く新刊『「超」入門 空気の研究』から、内容の一部を特別公開する。
日本人が空気に支配される3つの要因
例外や不都合な事実を隠す無謬性
私たち日本人は、「空気」によってどのように思考と行動を縛られているのでしょうか。その「支配構造」について、山本七平氏は『「空気」の研究』の中で、次の3つのキーワードを使って解説しています。
[1]臨在感(臨在感的把握)
[2]感情移入
[3]絶対化
今回は、[3]の「絶対化」について解説していきます。同書には、「絶対」がついている言葉が多数出てきます。
「絶対的拘束」
「宗教的絶対性」
「空気の絶対化」
絶対とは、100%という意味です。例外がない、と理解することもできます。宗教的絶対性とは、一般的に考えて「条件を問わない絶対性」と解釈できます。特定の宗教と信者にとって、神の権威に条件はないことが多いからです。
裸の王様は、言葉の絶対化から生まれる
絶対化の逆は、「相対化」です。「相対化」とは100%ではない、という意味です。例えば「相対的に正しい」とは、Aに比較すれば正しいが、その他のものと比較すると間違っているケースもある、などの意味で使われます。
相対化、相対的とは、ある命題やテーマが正しい条件と、間違っている条件など、正誤に条件があると認識することを意味しているのです。
例えば、彼は頭がいいという場合など、日常の表現のほとんどは実は相対的です。なぜなら、もっと頭のいい人は世界中のどこかにいるはずだからです。
この仕事は大変だ、も同様に相対的な言葉です。もっと過酷な仕事と比較すると、この仕事は楽かもしれないからです。
AはBであるという命題のほとんどは、本来は成立の条件があるはずなのです。しかし、本当は「相対的なもの」であるのに、絶対化する方法が一つあります。
その命題の正当化に邪魔なものを、一切無視するか、隠蔽するのです。
「私は頭がいい」という命題を絶対化するには、自分より頭のいい人の存在をすべて無視すれば成り立つでしょう。「私は絶対に正しい」という場合、間違ったケースはすべて無視させるか、都合の悪い情報を隠蔽すれば成り立つことになります。
当たり前ですが、これはウソの世界(虚構)です。そして裸の王様そのものの姿です。