「やってしまって、あとで謝る」という作戦
しかし、私は、場合によってはそうすべきだと考えている。
交渉担当者と粘り強く向き合ったうえで、それでもどうにもならないのであればやむを得ないではないか。交渉は「自分の目的」を達成するために行なっている。決して、目の前の担当者を傷つけないために交渉しているのではない。だから、このような場合には、直接、意思決定者にコンタクトを取り、あとで交渉担当者に謝る。これしか手はないと思うのだ。
もちろん、意思決定者に「うちの担当者と交渉してほしい」と突き返されるおそれもある。うまくいくかいかないか、一か八かの作戦ではあるが、このまま膠着状況を続けても意味がない。何らかのアクションを起こさなければ、状況を打開することはできないのだ。
そして、意思決定者に直接コンタクトする許可を交渉担当者から取り付けるよりも、あとで謝るほうがはるかに簡単である。「意思決定者に直接コンタクトをとってはいけない」などという法律はない。やってみてうまくいかなければ、そのときに対応策を考えればいいのだ。
実際、私はこれまで何度か、この作戦を実行したことがあるが、ほぼすべての案件で交渉を進展させることができた。たいていの意思決定者は、合理的な判断力を持ち合わせている。建設的な交渉をもちかければ、何らかの打開策を見出すことができるケースが多いのだ。
そして、意思決定者とのコミュニケーションで交渉に進展があれば、交渉担当者もその決定には従わざるをえない。一言謝っておけば、内心では不愉快に思っていたとしても、その後の交渉に大きな問題は生じないのだ。
「交渉担当者の交代」を好機として活かす
もうひとつ、言っておきたいことがある。
交渉が長期間に及んだ場合には、相手側の交渉担当者が交代することがあるが、それはチャンスだととらえたほうがいい。なぜなら、新任担当者は、交渉が難航している理由を「前任者のせい」にすることができるからだ。
私の経験をお話ししよう。
クライアントである日本のメーカーが、アメリカのメーカーに特許訴訟を起こされたときのことだ。私が事実関係を調べたところ、相手はかなり勇み足で、こちらに勝算があることがわかった。そこで、私たちは「受けて立つ」と訴訟に踏み切った。
そして、予想どおり、裁判は一貫して私たちに有利に進み、一審判決は見事に勝訴となった。ところが、それでも相手は引く気がない。むしろ、非常にアグレッシブだった。早速、上訴の手続きを取るとともに、担当弁護士をことごとくすげ替えて、必勝の布陣を敷いたのだ。
新しい弁護士に挨拶をすると、こんな言葉を投げつけられた。
「一審ではあなたたちが勝ったが、上訴では絶対に私たちが勝つ。お金を払って解決するなら今のうちだ」
私はあっけにとられた。一審で圧勝したのは私たちだ。にもかかわらず、「お金を払って和解するなら今のうち」とは、あまりにも無礼な言い草だ。しかし、どうも相手の様子が落ち着かない。
しばらく観察をしていて、わかった。下手なブラフをかけているのだ。アメリカのメーカーは、前任弁護士に「強気に出れば、多額の賠償金が取れる」とけしかけていたのだろう。それに乗せられたメーカーは、新任弁護士に強いプレッシャーをかけているに違いない。だが、新任弁護士は内心では勝つのは難しいとわかっている。だから、落ち着きがないのだ。
そこで、私は彼に提案した。
「前任弁護士のせいにして、この裁判は終わりにしてしまいましょうよ」
今度は、相手が驚いたような表情を浮かべた。
しかし、気を取り直して、「何をバカなことを……」といった仕草をしながら、「弱気になってるのか?」と強がってみせた。私は、それには取り合わず、こうたたみかけた。
「前任弁護士がしかけた訴訟は無理があるよ。私たちは、上訴に向けて、さらに強力な証拠を揃えている。君たちが上訴して、そこでも敗訴となれば、私たちの訴訟費用も全部、君たちの負担になる。これ以上、クライアントに負担をかけるのが弁護士として正しいことかね? 負ければ、君たちの汚点にもなる。損害を最小限に抑えるためにも、ここで手を引くのが賢明だと思うよ。前任者のせいにすればいいんだから、簡単な話じゃないか?」
もちろん、彼は、その場では私の提案を一笑に付した。
しかし、数週間後、彼は和解をもちかけてきた。正しい情勢判断をしたということだ。もちろん、こちらが優位なのだから、賠償金ゼロでの和解が成立。こうして、私は、クライアントの要請に100%応えることができたのだ。
だから、ぜひ覚えていてほしい。
交渉担当者の交代はチャンスである。
「前任者のせい」にすることで、状況を好転できる可能性があるのだ。