舞台は19世紀の中央アジア
少年に美しい年上の女性が嫁ぐ

 本作は年10回刊の雑誌「ハルタ」(KADOKAWA)に連載されている。連載開始は2008年、すでに10年経過している長編だ。

 舞台となっている中央アジアは、日本人にはシルクロードの主たる経路として知られ、平山郁夫の絵画、並河萬里の写真などでなじんできた。NHKが1980年代にドキュメンタリー「シルクロード」を制作して大ブームとなったが、中国領内が中心となっていたと記憶する。もちろん中央アジアも撮影されていたが、当時はソ連領内であり、自由な取材はできなかったはずだ。

 21世紀の現在は比較的自由に旅行できるようになり、中国の「一帯一路」政策でも注目されているが、政治経済も生活の実態も、日本人にはなじみのない地域である。

 私は『乙嫁語り』を読んで初めて中央アジアの人々の生活誌を知ることができたのかもしれない。作者は舞台の地理的な詳細や時代の特定をしていないので、以下は自力で調べた結果を含んでいることをご理解いただきたい。

 時代が19世紀だとはすぐにわかる。しかし具体的な年代となるとよくわからなかったが、第11巻92ページに「ホーキンズさんとはクリミア戦争以来です」というセリフが出てきたので、クリミア戦争直後、1856年から60年の間だと思われる。

 最初の物語は12歳の少年に嫁いだ20歳の嫁から始まるので、「乙嫁」とは「幼い夫に嫁ぐ嫁」の意味かと思ったが、「美しい嫁」や「幼い嫁」という意味も重ねられているようだ。夫である少年はオアシスに定住する部族で、嫁は半遊牧の部族らしい。少年と嫁の部族はやがて武力衝突することになるが、少年は美しい年上の嫁を守り抜く。なかなか泣ける場面である。

物語の背景となる
クリミア戦争後の情勢とは

 主人公は英国青年ヘンリー・スミスだと書いたが、彼はこの幼い夫の実家に滞在していた旅人である。スミスはトルキスタンを旅行しながら、当面の目的地をトルコのアンカラにおいている。どうして英国青年がトルキスタンを旅しているのだろう。彼は民俗学的な関心から探検旅行しているようだが、英仏露といった列強がこの地域に進出し、抗争を繰り広げていた背景もある。大英帝国は絶頂期で、富裕層が辺境を旅行するのは不自然なことではない。