また最近は、アートスクールからMBAコースまで、いくつかの大学で教壇に立つ機会もいただいている。社会人向けの講座がほとんどだが、そこで教えているのも、個人の「直感」や「妄想」からスタートし、具体的なプランへと発想を磨き上げていくための方法論だ。

あえて論理・戦略からはじめない

「それはただの個人的な妄想だ。まず論拠やエビデンスを示せ」
「独りよがりの直感だけでは、ビジネスの世界は生き残れない」
「論理に裏打ちされた戦略があってこそ、成功にたどりつける」

これがかつてのビジネスの常識だった。

僕自身、大学卒業後に入社したP&Gでは、その「常識」を徹底的に叩き込まれたし、詳細なリサーチに基づくマーケティングの威力については、身をもって体感したつもりだ。何より僕自身が、もともと「左脳型」の人間なので、こうした世界には馴染みがある。

しかし、いまや、こうした「他人モードの戦略」は、いたるところで機能不全を起こしつつある。

データやロジックに基づいて、攻略すべきマーケットを事前に絞り込み、そこに資本を集中投下していくという旧来の考え方では、なかなかうまくいかない。

そしてその背後では、「根拠の見えない直感」や「得体の知れない妄想」を見事に手なずけた人・企業たちが、マーケットに強烈なインパクトを与え、周囲からの尊敬を集めている

彼らは、途方もない「妄想」をまず提示し、それを駆動力としながら、ヒト・モノ・カネを呼び込んで世の中を動かしている。

このパラダイムシフトの牽引役は、シリコンバレーなどで活躍するイノベーターたちだろう。

・「2035年までに人類を火星に移住可能にする」(イーロン・マスク/スペースX)
・「もしすべてのウェブサイトをダウンロードできて、そのリンク先を記録しておけたら、どうなるだろう?」(ラリー・ペイジ/グーグル創業者)
・「質の高い教育を、無償で世界に提供するには?」(サルマン・カーン/カーンアカデミー創業者)

肝心なのは、これらの「妄想」が、「戦略」や「市場ニーズ」に先行していることだ。

戦略論の大家である経営学者ヘンリー・ミンツバーグは、現場を離れてトップダウンで立案される戦略のあり方を厳しく批判し、以前から「戦略は実践のなかで創発される」と主張してきた。まさにいま、ビジネスの世界では、こうした「創発的戦略(Emergent Strategy)」が求められている。

おそらく、イーロン・マスクに「なぜ人類を火星に移住させたいのか?」と聞いても、それらしい答えは得られないだろう。彼は、利益目的でプロジェクトを立ち上げたわけではないだろうし、人類を救うことすら彼の目的ではないかもしれない。

ただの直感・妄想で終わらない

彼らは「論理」や「戦略」からはじめない。

彼らを突き動かすのは「直感」だ。
自分が描く未来に対する、狂信的とも言える「妄想」だ。

ふつうの人なら「そうは言っても……」と諦めてしまうところで、彼らは「自分モード」のアクセルを踏みっぱなしにして走り続ける。

それにしても、なぜ彼らは、「論理」を離れたところからスタートしながら、最終的に、目の前の現実を動かすことができているのだろうか?