僕がいたP&Gも、そうした漸進的な成長が望まれる会社だった。

そんな環境下では、大きなモデル転換を引き起こす人材よりも、目の前の小さな課題を解決しながら、小さな成長を短期スパンで積み上げていく人が評価される。

「前年比110%成長」のような目標値と目の前の現在値とのギャップ(達成率)を駆動力にしたアプローチ(イシュー・ドリブン)は、現代のビジネス界においては圧倒的な主流である。

「実現しようがない目標」は
ナンセンスなのか?

しかし、これにはマイナス面もある。

1つは、「達成できそうな目標」以外にチャレンジしなくなることだ。

イシュー・ドリブンなアプローチに偏ると、解決へのマイルストーンが見えている(ある意味ではイージーな)課題ばかりに取り組んでしまう。そうすると、組織からはイノベーションを創出する素地が、個人からはやりがいやクリエイティブなものの見方が失われていく。

もう1つの弊害は、イシュー・ドリブンで立てた目標があるせいで、「もう一歩、先に進もう」とするモチベーションが消えてしまうことだ。

何か特定の問題解決を動機としている限り、ひとたびその問題が解消すれば、そこから先に発想が膨らむことはない。本来はより大きな成長のポテンシャルがあるのに、目標が達成できてしまったせいで、かえってそれが成長や創造性にフタをしてしまうわけである。

他方、ビジョン・ドリブンに設定された目標は、短期的にはまず達成されないから、そうしたことは起こり得ない。

これについて、前年の実績が100だったAさんとBさんを例にして考えてみよう。

イシュー・ドリブンなアプローチをとるAさんは、「この問題を解決すれば、あと10は成長できる。今期は目標を110にしよう」と考える。これに対して、ビジョン・ドリブンに考えるBさんは、「この妄想を実現するには、残り900が必要だ。100→1000のためには、何ができるだろう?」という発想になる。

その1年後、AさんもBさんも110の業績を達成した。「達成度」の観点で見た場合、Aさんは100%であるのに対し、Bさんは目標にははるかに及ばない成果しか残せていない。

しかしこのとき、世界のビジョン・ドリブン・シンカーたちは、Bさんが失敗したとは考えない

むしろ、大きなビジョンがあるBさんのほうが、イノベーションが起こるポテンシャルは高いとされる。長期的には、Aさんよりもパフォーマンスが高くなるだろうと予測する人もいるのである。