実際、僕が最初にP&Gで働いたときには、よい目標とは「Strech but Achievable(実現不可能ではないが、背伸びしないと達成できない)」なものであると教わった。

人材開発研究などの知見でも、マネジャーが部下育成をする際には、本人の能力を大きく超えてはいないが、多少の「背伸び」が必要な挑戦課題を与えることが定石だとされている。

だとすると、実現不可能なビジョンは、無意味であるどころか、有害ですらあるのではないだろうか?

目標は「(背伸びは必要だが)実現可能なもの」と「実現できないくらい途方もないもの」、どちらであるのが望ましいのだろうか?

実際には、これは二者択一的なものではない。むしろ、思考力を発揮する際のアプローチに応じて、使い分けがなされるべきものだろう。

思考のアプローチは大きく2つに大別できる。

1つは、すでに顕在化している課題に対して、それを解決していくような思考だ。これはイシュー・ドリブン(Issue-Driven)なアプローチと言えるだろう。

他方、ここで僕たちが問題にしているのは、まだ目には見えない理想状態を自発的に生み出し、そこと現状とのあいだにあるギャップから、思考の駆動力を得ていく方法である。これがビジョン・ドリブン(Vision-Driven)なアプローチである。

注意すべきなのは、イシュー・ドリブンとビジョン・ドリブンの対立軸は、「思考が創造的かどうか」という点にはないということだ。「現前する課題(イシュー)」か「内発的な妄想(ビジョン)」のうち、どちらを思考のスタート地点に置くのかの違いである。

したがって、いわゆるデザイン思考は、それ自体は創造的なメソッドでありながらも、あくまでも問題解決のための方法論として開発されたものだという意味では、イシュー・ドリブンなアプローチの範疇に入る。

イシュー・ドリブンな思考のモットーは、「Commit Low, Achieve High(小さくはじめて、大きく育てる」である。すでに顕在化している課題はもちろんだが、隠されている問題を発見し、それらを“潰して”いくことで、少しずつ着実に進んでいく。