デザイナー熊澤さんのひと言

平本:ただ、その一方ですごくひょうきんな一面もありますね。マイケル・ジャクソンの髪型をマネてみたり、辻調理師専門学校・フランス校時代の友達とふざけあっている写真などもあってすごく等身大な感じがしたんです。
テレビではあまり見ることのできないまったく気取らない、素朴な雰囲気が志麻さんの魅力ですよね。一緒にデザインをした熊澤さんもこう言っていました。
「志麻さんって、なんか素朴な人だよね。ああいう古民家いいよね。
今は著者と編集者とカメラマンやデザイナーなど、スタッフ全員が一堂に会して集まる機会が本当に少なくなった。昔はこういうことをよくやっていたんだけどね。そのほうがしっかりコミュニケーションが取れていいんだよね。デザイナーは著者や編集者が伝えたい素材を活かすのが仕事だから、目立とうとしてはいけない。装丁は素材をどう生かし、料理するのかが大切」と。

編集:そうですか。そうですか。デザイン界の巨匠・熊澤正人さんとは初めてのお仕事でしたが、若輩者の私の話を最初からじっくり聞いてくださり、私自身、本当に感謝の念でいっぱいです。短い時間でしたが、たくさん勉強させていただきました。
 そして、今回の製作途中、見本日直前に熊澤さんが他界されました。
 これほどショックなことはありません。熊澤さんと思いを込めてつくった『厨房から台所へ』を、どうしてもどうしても、見ていただきたかった! それだけが無念です。
 しかし、天国からあの温かい眼差しでこの本や志麻さん、私たちを見守ってくださっている気がしますね。今、平本さんがおっしゃった、熊澤さんのひと言、含蓄あるお言葉ですね。「装丁は素材を料理する」ですか。

平本:はい。今回のカメラマン三木さんの写真も、レシピは陰影がきいたもの、生活感があるものはやわらかい印象で撮られていました。料理の力強さを感じるのに何か懐かしさがある。その素材感を大切にデザインでどう生かし、表現していくかと社内で話していました。同時に、志麻さん自身が、芯の強さと温かみのある方なので、三木さんとのタッグはぴったりだと話していました。

編集:しかし、私も経験のないデザインでしたが、私が「開けてびっくり玉手箱のように」とオーダーしたゆえに、デザインは難航を極めたのでは?笑

平本:はい!(笑)パラパラめくった時に、文字だらけという印象を与えないよう、上に余白をもたせた一段組にしました。びっくり玉手箱ということもあり、章によって組み方を変えて二段組も考えたのですが、読みやすさを優先し、全ページ一段組に。写真やレシピページで躍動感を出すことにしました。レシピページを巻末にまとめて持ってくることや、各章の終わりに持ってくることも検討したのですが、志麻さんの含蓄ある文章の中にレシピがすぐくることで、料理のイメージが鮮明になり、「うわ! 美味しそう! つくってみたい」となる気がして。エッセイだけどレシピ本、という今までない料理本になった気がしています。

編集:そうなんです。私の編集理念が「技術と精神がドライブがかった本」なので、志麻さんの料理に対する思い、ほとばしるスピリットがありながら、しっかりレシピとしての再現性を持たせていく。これが編集の課題であり、デザインの課題でした。

平本:その面でも、この本はエッセイ・レシピ本として世に出したい。それが結実したのが、本書の8~9ページにある、全31レシピのキャストが集結した見開きページです。

「伝説の家政婦・志麻さん」という素材を<br />【厨房から台所へ】で<br />デザイナーはどう料理したのか?

編集:これは驚きました。あえてレシピ名の文字が一文字もない、潔い武士のような見開きページ!笑

平本:「はじめに」の後「もくじ」の前に、この見開きを入れることで、こんな料理が載っているんだ! と説明的でない形で料理の印象を強く与えたかったんです。驚きと喜びを同時に感じていただきたくて。

編集:あと、デザインで印象深いのは、志麻さん邸の猫ちゃん。
 実は私、一度、失敗しました。
 双子の猫ちゃんがエアコン下で仲睦まじく並んで寝ていたところを発見。カメラマンの三木さんに話そうとした時に、猫が起きて違うほうへ行ってしまった!
 しまった!! と後悔の念でいっぱいだったので、すぐに三木さんに、
「今度、猫が2匹、エアコン下に行った時、絶対シャッターチャンスを逃さないでくださいね」
 とすごく何度もお願いしたんです。

平本:そうでしたか!笑

編集:そして、その瞬間がついにきた!
 速攻、三木さんに声をかけ、撮っていただいた。この本のエンディング「おわりに」にある、この姿です!

「伝説の家政婦・志麻さん」という素材を<br />【厨房から台所へ】で<br />デザイナーはどう料理したのか?

 そして、目次最後の切り抜き「猫」に始まり、この本は195ページ最後の切り抜き「猫」で終わる。まさにストーリーが息づいていますね。

平本:そうなんです。本当に志麻さんのうちって楽しいですよね。
 でも、いざ、台所に立って、志麻さんがエプロンをしめると、表情が一変する。

編集:そうでした!あの表情は忘れられない。カメラで撮っておけばよかった。次回は平本さんの「感動三品」を教えてください。

平本:わかりました!

『厨房から台所へ……志麻さんの思い出レシピ31』に収録されている料理は、第1回連載にありますのでぜひご覧いただけたらと思います。