異業種による金融サービス参入を分析してきた本連載。この最終回では、有力な顧客基盤を武器とする携帯電話キャリアの取り組みを紹介していく。今や誰もが持っているスマホ(スマートフォン)を通じて、どのようなサービスを展開していくのだろうか。

相次ぐ大手携帯電話キャリアによる金融ビジネス参入

 2019年2月12日、携帯電話キャリアのKDDIが金融総合サービスへの本格的な参入をあらためて表明した。

 「スマートマネー構想」として、三菱UFJグループ傘下のカブドットコム証券への49%出資や、じぶん銀行の連結子会社化、金融ビジネスの司令塔となる「auフィナンシャルホールディングス」の設立、各金融事業体のauブランドへの統一などを進めるという。

 「じぶん銀行の連結子会社化はまだしも、カブドットコム証券への出資はまったくの予想外」(金融業界関係者)と、KDDIの金融事業展開に向けた新たな戦略がマーケットに与えた驚きは大きい。

 同社はこれまでも、三菱UFJ銀行とのじぶん銀行の設立や、あいおいニッセイ同和損保とのau損害保険の設立、ライフネット生命への出資、大和証券と合弁でのKDDIアセットマネジメントの設立など、金融ビジネスに踏み込んだ布石を打ってきてはいた。今回の構想は、それら戦略資産を基盤として、金融サービスの世界観を総合的に構築し直すという、より強い意気込みの表れと感じられる。

 一方、NTTドコモも、KDDIと同じく通信と金融の融合によるビジネス拡大の可能性を見据える。同社は約7,800万件もの契約件数を基盤に付加価値創造を目指すとし、FinTechスタートアップ企業であるお金のデザインとの業務提携や、金融機関向け融資プラットフォームの提供、東京海上日動火災保険との保険分野での協業など、金融ビジネスもその柱のひとつと宣言している。

 また、ソフトバンクも、同じソフトバンクグループ傘下のヤフーとの共同子会社を通じた電子決済サービスPayPayの提供や、個人向け融資サービスを提供するJスコアのみずほ銀行との合弁設立、スマホ証券・One Tap Buyへの出資など、親会社であるソフトバンクグループの陰に隠れて目立たないが、金融ビジネス分野での取組みを進めている。

KDDIやNTTドコモ、ソフトバンクが目指す世界観

 こうした大手携帯電話キャリアの動きの背景には、幅広い年代にまたがった巨大な顧客基盤を活かし、新たな収益源を得て成長を図る思惑がある。

携帯キャリアの金融ビジネス参入!勝つのは「ドコモ」型か、「KDDI・ソフトバンク」型か?携帯電話キャリア3社の勝算は?

 新規事業の対象としては、あらゆる商品やサービスが考えられるが、なかでも各社が揃って金融に狙いを定めたのは何故だろうか。

 ひとつには、携帯電話利用料の徴収スキームやポイント運用プログラムなど、保有する戦略資産を活用しながら、効率的に事業を展開することへの期待がある。通信のみならず、金融という切り口でも、利用者の生活インフラとして欠かせない存在になるというビジョンは、分かりやすく、魅力的である。

 もうひとつ、従来からある金融機関の多くが、若年層に十分アプローチできていないという市場環境がある。特に、地域金融機関では顧客層のほとんどが60代以上の退職者世代であり、対面で顧客とコミュニケーションを取るやり方が中心だ。20-40代の働く資産形成世代にリーチできておらず、中長期的な顧客基盤の維持が深刻な経営課題となっている。

 十分に金融サービスの提案を受けていない若年層に対し、携帯電話という生活に直結するインフラを通じてアプローチすれば事業機会は大きいだろう。それに乗じようとする大手銀行・証券会社等のサポートも、自分たちに有利な条件で得ることができる。こうした諸々の状況から、大手携帯電話キャリアがこのタイミングで金融事業に本格的に参入しようとしているのだ。

携帯電話キャリアの金融ビジネス参入の勝算

 では、果たしてKDDIやNTTドコモ、ソフトバンクの金融ビジネス参入は、投資家が納得するほどに大きな成果をあげられるのだろうか。取り組む金融事業の範囲とその取り組み方という2つの切り口から、考察をしてみたい。

 まず、事業範囲についてである。金融機関としての装備やリソースを十分に持たない事業者が、どういった金融サービスまでを手掛けるのが適切か。

 ワンストップであらゆる金融サービスを利用できたほうが顧客にとっては便利だし、提供企業側もそうすることで顧客を効率的に囲い込むことができるため、双方にとってメリットが大きい。

 一方、顧客基盤をはじめとする既存の戦略資産との親和性が低いサービスにまで手を広げ過ぎると、デメリットが大きくなる。限られた事業リソースを分散させることにもなり、顧客満足度が下がりかねないうえ、囲い込みの難易度は高まる。

 各社が共通して金融サービスの軸に据えているのは、強みとする携帯電話徴収スキームやポイントサービスと親和性が高いスマートフォン決済サービスであるが、そこからどこまで金融サービスの範囲を広げるかが、事業の成功確率を見積るうえでひとつ目のポイントとなる。

金融サービス4機能のうち携帯電話キャリアで有望なのは?

 この連載では金融のサービスを4つの機能に分類して考えてきた。「1.資金移転(決済)」「2.資金供与(融資)」「3.リスク移転(保険)」「4.資産運用」である。前回・前々回の繰り返しになるが、おさらいしておきたい。

 このうち「1.資金移転」と「2.資金供与」は、モノを購入して支払いをしたり、大きな買い物をしたりするための借金がその典型例だ。これらのサービスの特徴は、金融機能の利用と、その果実である資金使用のタイミングが近く、金額が利用時点でおおむね固まっている点である。

 一方、「3.リスク移転」と「4.資産運用」については、医療保険金の受け取りや老後のための資産運用がそれに当たる。その特徴は前者と異なり、金融機能の利用と資金使用のタイミングが大きく離れている。さらに、「4.資産運用」の場合、実際に将来必要となる時に、その運用資金がどれだけの金額になっているのかが現時点では確定しないことが多い。このため、現在から遠い将来のイベントを予測したり、そこに至るまでの金融商品の変動を見込んだりと、金融の専門家でない一般の生活者が利用するにはハードルが高い。

 本来であれば、こうした作業をサポートするのが金融機関の役割である。しかし、残念ながらそのための資産計画の策定や実行支援が十分にできているとは言い難い。これが、日本で資産運用サービスが広がらない理由のひとつでもある。

 携帯電話キャリアが持つ強みのひとつは、当然ながらスマートフォンを入り口とするUI/UX(入力や表示などの顧客接点の仕組みや使い勝手、そのサービスで得られるユーザー体験)にある。この限られた画面スペースを通じて行なう非対面のコミュニケーションで、顧客の金融サービスの利用をどこまでサポートできるかがカギとなる。

 今まさにお金を使おう、借りようとしている顧客に対して「1.資金移転」「2.資金供与」機能の利用を働きかけるのは比較的容易であろう。一方で、遠い将来のイベントに備えた「4.資産運用」を、その運用成果の不確実性も含めて丁寧に説明し、実行を促すのは非常に難しい。

「多額」より「少額」、「長期」より「短期」がポイント

 もちろん、高度なUI/UXを武器にそうしたハードルを克服できるという可能性こそが、異業種による金融参入に期待されるところではあるが、おそらく一朝一夕には実現できまい。となると、事業の成功性を高めるカギは、どういったサービスからスタートするかという優先順位付けにある。

 たとえば、「保険」や「投資運用」よりは、目の前のニーズが明確な「融資サービス」のほうが利用者にとって試しやすいだろう。また、保険事業のなかでもライフプランニングが必要となる「生命保険」ではなく「少額短期保険」や、老後のための「長期的な資産運用」よりも、まずは楽しむための「短期投資」などのほうが、利用者が試してみるうえで心理的ハードルは低いだろう。

 各社の金融サービスを例にあげると、NTTドコモのポイント投資や、One Tap Buyやカブドットコム証券を通じた短期投資、Jスコアなどの信用スコアリングに基づく融資サービスなどは、スマートフォンや決済・ポイントサービス基盤と親和性が比較的高いと思われる。

ゼロスタートはデメリットが大きい

 次に、金融事業への取り組み方について比較してみよう。金融ビジネスに参入する異業種の動きをみていると、既存金融機関と連携はしているものの、新たに合弁会社を設立し、ゼロから金融機関を設立する例が少なくない

 言うまでもなく、新しく金融機関を設立するとなると、非常に大きな資金と時間の投資が必要となる。たとえば、金融の専門人材の採用、業務フローの構築やシステムの開発、必要な免許等の取得など、あらゆることを手がけることになるからだ。提携する金融機関のサポートがあったとしても、業態によっては数十億円から数百億円を投じ、稼働開始までに1年以上はかかる

 一方、携帯電話キャリア会社が金融に参入した際の強みは、顧客接点でのコミュニケーションやサービスにある。金融サービスの製造部分に強みがないことは言うまでもない。であるならば、わざわざ巨額のコストを投じて競争力に直結しない重い装置をゼロから準備するのは、事業収益率を損なうというデメリットが大きい。

 既に主要な金融サービスを提供する金融機関は存在しているうえ、セブン銀行が参入した2001年当時と比べて異業種からの新規参入への反応も向かい風一辺倒ではない。携帯キャリアは、その巨大な顧客基盤を交渉材料にして有利な条件を引き出し、事業リソースを最大限活用できるスキームでの提携を、まず検討すべきではないだろうか。そうした例のひとつは、販売力を持つ大手地域銀行が、手厚いキックバック手数料を外部資産運用会社に承諾させ、みずから運用会社を設立することなく、投資信託サービス事業から収益を獲得しているという金融業界にみられる一般的なスキームである。

勝つのは「ドコモ」型か、「KDDI/SB」型か?

 携帯キャリア3社の取り組みにおいては、既存の金融機関への出資や業務提携を用いたスキームでの参入も活用されている一方、ゼロからの設立を選択する判断も散見される。なるべく軽めのスキームを企図していると思われるNTTドコモに対し、KDDIとソフトバンクはゼロからの立ち上げや既存事業者への大型出資も辞さない積極的な姿勢が対照的なように感じられる。

 伝統的な金融機関をはじめ、FinTech企業やさまざまな異業種プレイヤーが参入している金融市場環境において、競争に勝ち抜く条件は、単純に整理しきれるものではない。しかし、すでにある戦略資産をなるべく有効に活用しつつ、事業コストを抑制し、強みに集中するというのは、どの分野の事業にも共通する基本姿勢であり、NTTドコモの戦略はその事業効率性を優先しているように見受けられる。

 一方、スマートフォンという小さな接点で非対面との親和性が乏しい金融サービスも含めて提供するためには、確立した世界観を核とする経済圏を構築し、そのなかで各金融サービスを有機的に強く結合することが必要である。KDDIとソフトバンクの踏み込みの強さは、金融事業を本気で携帯電話事業以上の収益の柱に育てるため、他社を寄せ付けない経済圏の構築に向けた覚悟の表れとも解釈できる。

 さて、ここまで異業種の金融サービス参入について全3回で紹介してきた。携帯電話キャリアが手掛けるスマートフォンを通じた金融サービスをはじめ、新たな参入者の創意工夫が金融業界のビジネスモデルにも、私たちの生活にも、イノベーションをもたらすことを期待したい。(了)