天皇陛下・皇太子殿下Photo:REUTERS/AFLO

4月30日、天皇陛下が退位される。今回のような、「生前退位(譲位)」は異例のことなのか?皇位継承の歴史をたどってみると、譲位という仕組みは、後継を明確化し、争いを封じるものでもあったことがわかる。『週刊ダイヤモンド』2016年9月17日号の第1特集「日本人なら知っておきたい皇室」で掲載した記事を特別公開する。

 日本の皇室の歴史は諸説あるが、初代神武(じんむ)天皇以来の天皇が実在し、かつ平均的な寿命だったとすると、大体、西暦1世紀ごろから始まったと考えられる。

 125代という世界で他に類を見ない歴史を誇るだけに、皇位継承も時代によって変化していて、世界と比較しても独特のものが少なくない。その一つが、「譲位」だろう。

 初期の天皇は、一般的な王制と同じく崩御による皇位継承であり、父子、基本的に嫡出長男子相続である。2代綏靖(すいぜい)天皇から13代成務(せいむ)天皇まではほぼそれが貫かれる。

 その成務天皇は子女がいなかったため、皇位はおいの仲哀(ちゅうあい)天皇に引き継がれる。これが父子以外の継承の最初である。

 14代仲哀天皇は朝鮮出兵の直前に崩御し、次代の応神(おうじん)天皇は神功(じんぐう)皇后の胎内だったため、神功皇后が摂政となる。これが摂政の初まりであり、皇位は70年の空位を経て、応神天皇が継承する。

 もちろん、この辺りまでは神話的要素が大きいので、確かなことは分からない。

 ただ、死後の継承は、争いを起こしやすい。伝承によれば綏靖天皇の際にすでに継承争いが起きている。これを防ぐために考えられたのが、皇太子の制度だが、これがいつから始まったのかは明確ではない。