「売れないもの=よくないもの」
ところが、今は様子が180度違っている。「売れなくてもいい」なんていう考えはもってのほか。「アーティストみずからSNSで宣伝したり、売れ筋を狙ってマーケティング戦略を練ったりしなきゃ、時代に取り残されるぞ」。そういう空気にはとても賛同できないものの、真正面から反対もできない。
「カネ儲けなんて、カッコ悪い」
「おカネはたくさんあったほうがいいでしょう?」
40代クリエイターたちは、その二つの価値観の狭間に立たされた「犠牲者」といえるかもしません。
これは、何もアーティスト自身に限ったことではなさそうです。
様々なシーンで「売れないことには始まらない」「売れてナンボ」という価値観が幅を効かせている。逆をいえば、「売れなくてもいいものはある」という主張はもはや通用しない。「売れないものは、やっぱりダメなんじゃないですか」といわれたら、もはやぐうの音も出ない。
たとえば、おカネとは縁遠そうな大学さえ、最近は売り込みに躍起になっていると聞きます。何か事件が起こると、大学の広報がメディアに向けて「当大学の○○教授なら、こうしたコメントができます」といったリリースを出すそうです。大学の先生も、いくら素晴らしい論文を書き、研究成果を挙げていても、それだけではダメ。メディアを通じて自分を「積極的に売り込むべし!」ということなのでしょう。
そういえば、私の担当編集者たちからも、悩みとも焦りとも取れる声が聞こえてきます。
「いい本を作れば読者がついてくる」、あるいは「売れなくてもいい本はある」。かつては、そう自信を持って断言する編集者が、私の周囲にもたくさんいました。けれど、今や「売ることがすべて」といった価値観が席巻しつつある。企画を立てて原稿を編集するのが、本来の編集者の仕事のはずですが、最近はそういうことよりも、先に売れる仕掛けを考えなくてはならないらしい。大変なことです。