上司の心の中に潜む
「甘え」の心理

 冷静な目で見れば、言われたことしかしないということを、そこまで問題視する必要がないのかもしれない。

 ところが、Aさんのように上司の立場としてイライラする気持ちも理解できる。似たような思いに駆られた経験のある人も少なくないのではないか。実はそこにあるのが「甘え」の心理だ。

「甘え」の概念を提唱した精神分析学者の土居健郎によれば、「甘え」とは、人と人とが切り離されているという事実を否定し、分離の痛みを止揚しようとする心理である(後に土居は、人間関係において相手の好意をあてにして振る舞うことというように言い換えている)。

 私流にわかりやすく言えば、「甘え」というのは、個と個が分かれているという冷たい現実を受け入れたくない(上司と部下が互いにわかりあえていると思いたい)という思いから心理的一体感を求めることである。心理的に一体となっているのだから、わざわざ口に出して言わなくても、わかっていて当然と思っている。そうした期待が裏切られてしまうと、

「そんなこと、いちいち言わなくてもわかるだろう!なんでわからないんだ!」

 と攻撃的な気持ちがわいてくる。それが「甘え型攻撃性」だ。言ってみれば、心理的一体感の幻想が崩れたことによる失望感が生む攻撃的感情である。

 部下は何も悪気はなく、経験不足のためにそこまで気が回らないだけなので、上司がなぜイライラするのか理解できない。そして部下もイライラする。

 Bさんと話してみると、やはりBさんも上司のAさんにイライラすることが少なくないという。

 Aさんはけっこう自分の感情をあらわにするタイプであるため、表情や口調から自分に対してイライラしているのがわかる。でも、理由をはっきり言ってくれないことが多いため、Bさんもイライラするというわけだ。

 理由を言ってくれた時も、それなら最初から話してくれればきちんと対応するのに、指示をはっきりしてくれないために、意地悪をされているような気持ちになり、さらにイライラが募るという。

 だが、それは「上司が心理的一体感を求めているからだ」とわかれば、少しは気持ちも和らぐだろう。そうなればいろんなことを学ぶようになり、期待に応えられるように努力しようと思えてくるのではないか。

 上司も、そうした自分の心理メカニズムを自覚できれば、経験不足の部下に対してイライラすることもなくなり、指示を的確に伝えられるようになるだろう。