回答書について会見する境教育長ら、石巻市の教育委員会。(2012年6月19日、宮城市石巻市)
Photo by Yoriko Kato

 遺族有志の「質問書」とは、震災5日後の3月16日付けの校長からの聞き取り記録に、生き残った男性教諭の証言を基にした市教委側の説明とは、全く違う内容の記載があったと判明したことを受けて提出されたものだ。これまでの説明は、「(堤防道路の一部である)三角地帯への避難を開始した後に津波が来た」というものだったが、その「聴き取り書」には、<校庭避難 引き渡し中に津波>をはじめ、<屋根を超えて津波><油断>などと書いてあった。

 市教委は、その回答書の中で、

 <「引き渡し中に津波」については、初期情報として記録しておりましたが、校長が河北総合支所等で側聞した情報であり、津波被災の場に居合わせた人の話かどうかは不明で、津波被災時の様子を正確に伝える情報であるとは判断できません>

 と記している。

 しかし、会見では、当時記録した指導主事が、「どこで聞いたのか、こうして聞いたとかは、確認していないです」と、記者からの質問に答えていた。

 さらに回答書では、震災から14日後の3月25日に、被災当時、現場にいた男性教諭から聞き取った証言の方が、校長からの当初の聞き取りより確実であると判断したとする旨を説明した。

 ここで、これまで初期情報を公表してこなかったことへの正当性を暗に主張している。

先日まで石巻市の教員だった、大川小学校の児童の遺族有志の佐藤かつらさんは、退職のあいさつをしてから、境直彦教育長からの回答書を受け取った。(2012年6月19日、宮城市石巻市)
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 ところが、この男性教諭の証言は、議会でも齟齬を指摘されていたものだ。助かった後の行動に関する情報は、後日修正もされた部分もある。遺族はこの教諭の証言には、かなりの疑念を募らせている。

 また、回答書には、こうも説明されている。

<これまでの聴き取り等により蓄積された全ての情報のうち、任意の情報を選択して積み上げることにより、教育委員会が行った事実関係の整理も、質問書にある考え方も成立し得ることになります>