なぜ好奇心が課題意識に勝つのか

 インターネット黎明期から続いてきた一連の「大企業の専門家」VS「アマチュアのアントレプレナー」という戦いの構図、あるいはアムンセンとスコットによる南極点到達レースの物語を虚心坦懐に読み解けば、そこからわかるのは「内発的モチベーションを持った人が、上司の命令で動く人と戦えば、前者が勝つ公算が強い」ということです。

 第8回で企業が保有する経営資源の中で、可変性が最も高いのが「人」という資源だという指摘はすでにしました。つまり、ここに同じ潜在能力を持った2人がいたとして、内発的動機で駆動されているニュータイプと、上司からの命令で駆動しているオールドタイプとを比較すれば、前者が後者よりも高いパフォーマンスを発揮する公算が強い、ということです。

『ニュータイプの時代』の中で、人の能力を変えさせる「意味の重要性」については考察していますが、内発的モチベーションを持っているニュータイプというのは、自分で仕事の「意味」を形成することができる人材だということになります。

 さて、この示唆は私たちにどのような行動を促すことになるのでしょうか? マネジメントの立場と個人の立場の2つの視点から考察してみましょう。

 まず、マネジメントの立場からすれば、これまでの実績や従順さに応じて、ポジションを与えるということが危険だという示唆が得られます。

 一般に、企業における大型のイノベーションプロジェクトでは、それまで高い実績を挙げてきたエースが投入されるケースが多いでしょう。

 しかし、こういった「高い業績を継続的に挙げてきたエース」が、必ずしも内発的動機に駆動されているとは限りません。

 現在、企業における人材配置は、職務の重要性と発揮能力をリニアな関係に捉えて、より重要性の高い任務に、より高い能力を有する人材を当てる、という単純な考え方が主流になっています。

 しかし、マクレランドおよびコーン・フェリーのこれまでの研究結果は、任務と能力の関係はそのように単純なものではなく、能力の背後にある「動機」が大きく職務のパフォーマンスに影響を与えること、動機のプロファイルによって、活躍できる仕事の種類は変わるということを示しています。

 次に、個人の立場に対する要請について考えてみれば、ニュータイプが内発的動機によって駆動できるような場に身を置くことに腐心する一方で、オールドタイプは上司から与えられた命令を実直にこなすことに腐心します。

 しかし、結果はすでに確認した通り、内発的モチベーションに駆動されているニュータイプと、上司からの指示命令にしたがって駆動しているオールドタイプが戦えば、必ずオールドタイプが敗れることになります。

 結果をすでに知っている人に対して、アムンセンとスコットの立場を比較して、「どちらかを選べ」と言えば、スコットの立場を選ぶ人はいないでしょう。

 前者が元から大好きだった探検を心底楽しみながら遂行し、無事に生還して探検家としての盛名を得たのに対して、後者はまったく興味のなかった探検を上司の命令だからということで仕方なく受け入れ、拷問のような苦労を積み重ねた末に、部下全員と自分の生命まで失っているのです。

 探検隊の最後の一人となったスコットの日記には「残念だがこれ以上書くことができない」と記され絶筆となっています……何ともはや。

 しかし、では今日、どれだけの人が自分の内発的動機とフィットする「場」に身を置けているかとあらためて考えてみれば、多くの人はスコットと同じように「上司の命令だから」ということで、モチベーションの湧かない仕事に身をやつしながら、内発的動機に駆動されて自由自在に高いモビリティを発揮しているニュータイプたちに翻弄され、きりきり舞いさせられているのではないでしょうか。

 そのような場所に身を置いていれば、いずれ自身もまたスコットと同じような社会的結末へと至ることになる可能性があります。

(本原稿は『ニュータイプの時代――新時代を生き抜く24の思考・行動様式』山口周著、ダイヤモンド社からの抜粋です)