世界1200都市を訪れ、1万冊超を読破した“現代の知の巨人”、稀代の読書家として知られる出口治明APU(立命館アジア太平洋大学)学長。歴史への造詣が深いことから、京都大学の「国際人のグローバル・リテラシー」特別講義では世界史の講義を受け持った。
その出口学長が、3年をかけて書き上げた大著がついに8月8日にリリースされた。聞けば、BC1000年前後に生まれた世界最古の宗教家・ゾロアスター、BC624年頃に生まれた世界最古の哲学者・タレスから現代のレヴィ=ストロースまで、哲学者・宗教家の肖像100点以上を用いて、世界史を背骨に、日本人が最も苦手とする「哲学と宗教」の全史を初めて体系的に解説したとか。
なぜ、今、哲学だけではなく、宗教を同時に学ぶ必要があるのか?
脳研究者で東京大学教授の池谷裕二氏が絶賛、小説家の宮部みゆき氏が推薦、原稿を読んだ某有名書店員が激賞する『哲学と宗教全史』。発売直後に大きな重版が決まった出口治明氏を直撃した。(構成・藤吉豊)

「ヘーゲルの次男」マルクスは
「生産力」が歴史を動かすと考えた

――「ヘーゲルの長男」は、前回うかがったキルケゴールでしたが、次男は誰ですか?

出口:マルクスです。父、ヘーゲルのスケールに圧迫された感じの「長男キルケゴール」とは異なり、冷静に父の哲学を見つめる余裕があった次男マルクスは、ヘーゲルの哲学を修正し発展させる方向で、自分の学説を展開しました。ヘーゲルは「社会は絶対精神を実現するために進化を続けていく」と考えました。マルクスは、社会が進化するというヘーゲルの考え方を強く支持しています。

マルクスは、社会の構造を次のように考えました。社会は下部構造となる経済構造の上に政治・法制・イデオロギーなどの上部構造が乗る形で存在している。そして上部構造は下部構造によって規定され、両者は不可分に結びついている。したがって下部構造である経済構造が生み出す生産力が、上部構造の意識を形成していく。生産力が変化すれば生産諸関係が変化し、それが歴史を動かす原動力となるのだ、と。

――経済力や生産力が社会を成長させると考えたのですね。

出口:そうです。社会や歴史を動かすのは具体的な生産力だ、という思想をマルクスは確立しました。こうしたマルクスの思想を唯物史観(ゆいぶつしかん)と呼びます。

マルクスは多くの著書を残していますが、『賃労働と資本』(長谷部文雄訳)、『ドイツ・イデオロギー』(廣松渉編訳、小林昌人補訳)、『経済学・哲学草稿』(城塚登、田中吉六訳)、『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』(伊藤新一、北条元一訳)、『哲学の貧困』(山村喬訳)などが岩波文庫から出ています。

「ヘーゲルの三男」ニーチェは
「神は死んだ」と言い切った

――では、ヘーゲルの三男、ニーチェはどのような人物だったのですか?

出口:ヘーゲルの三男として位置づけたいニーチェは、いかにも末っ子らしくヘーゲル哲学を厳しく批判する立場を取りました。
ニーチェがヘーゲルやマルクスと最も異なるのは、時間のとらえ方です。2人とも歴史は理想的な方向に進化していくと考えました。しかしニーチェは、歴史は永劫回帰している、と考えました。
人間はさほど賢くなく、同じあやまちを繰り返してきた。進歩はしていない。歴史は直線的に進歩するのではなく、永劫に回帰する円環の時間なのである、という考え方です。仏教の輪廻転生の思想と同じです。
永劫回帰の理論は、ヘーゲルの進歩の思想を否定しました。そのうえでニーチェは、時間も歴史も進歩しない、そのような運命を正面から受け止めてがんばっていく人間。この強い人間を「超人」と呼びました。
キルケゴールは、最後に神にすがりました。神を信じて生きていけば、心は平安になれると考えたのです。
けれどもニーチェは神の存在を否定し、「神は死んだ」と断言しました。

――時間も歴史も進歩しない。神もいないとなれば、何を頼ればいいのですか?

出口:頼りにすべきものは自分自身しかありません。神もいない、進歩もしないという運命を受け入れ、頑張っていく人が超人であり、「強くありたい、立派でありたい、そのように生きたい」と目指す意志の力によって、世の中は動くのだとニーチェは考えたのです。
ニーチェの著作としては『悲劇の誕生』(秋山英夫訳)、『ツァラトゥストラはこう言った』(氷上英廣訳、全2冊)、『善悪の彼岸』(木場深定訳)が岩波文庫から出ています。新訳としては『ツァラトゥストラかく語りき』(佐々木中訳、河出文庫)がお薦めです。