「試し上手」は「やめ上手」
「撤退の巧拙」が事業創出のカギ

 ここで一点、注意を促しておきます。それは「試すためにはやめることもまた必要だ」という点です。今日、多くの企業において新規事業へのトライアルは重大な経営課題となっていますが、実際のところはうまくいっていない企業が多い。

 もちろん、さまざまな要因が考えられるわけですが、ここで指摘しておきたいのは、何かを試行するためには何かをやめなくてはならない、ということです。

 人であれ企業組織であれ、何かをするための時間・資源には限りがあります。当然ながら、何かを試すためには、試すために資源を振り向けなければならないわけですが、従来の取り組みに資源を振り向けたままであれば、試行はままならないということになります。

 ここでもまた、アマゾンの例が一つの参考になります。先述した通り、アマゾンは短期間に数多くの新規事業に参入しているわけですが、このように多量の事業にトライアルできているのは、彼らの「撤退判断」が極めて迅速だからということも指摘できます。

 典型例が2014年に100億円以上の資金を投入して参入したスマートフォン事業です。CEOであるジェフ・ベゾスが旗を振ってスタートしたにもかかわらず、結局は後発参入のハンディを覆すことはできず、たったの1年で撤退しています。

 利益の出なくなった事業をずるずると続けた挙句に「もうどうしようもない」という局面に至って仕方なく二束三文で売却する、ということを繰り返している日本企業と、アマゾンの撤退判断のすばやさを比較すれば、実は「撤退の巧拙」にこそ、新規事業創出の巧拙の差を生み出す真因があるのではないか、とすら思えてきます。

 ベイン・アンド・カンパニーがまとめた「アマゾンの撤退事業リスト」を見れば、同社が「たくさん試し、うまくいかなければすぐに撤退する」を繰り返して、現在の強力な事業ポートフォリオを組み上げてきたことがわかります。

【山口周】人生は大量に試して、うまくいったものを残すしかないベイン・アンド・カンパニーによるアマゾンの分析
成毛眞『amazon 世界最先端の戦略がわかる』(ダイヤモンド社)より作成

 なぜ、多くの企業は「試す」ことができないのでしょうか。よく聞かれるのは「リスクを取れないから」という理由ですが、では、さらに突っ込んで「なぜリスクが取れないのか」という論点を深く掘ると、そこに「撤退が下手」という要因が浮かび上がってきます。

 一度始めた以上、なかなかやめられないということであれば、当然ながら「始まり」には大きなリスクが伴うことになります。つまり「試行」のコストを押し上げる心理的な要因は、「やめられない」というバイアスによって形成されているということです。

 これは個人のキャリアについても同様に指摘できることです。多くの人は「変化の時代においてはチャレンジが大事だ」と言われれば、それはその通りだ、と同意するはずです。

 しかし、実際のところはなかなかチャレンジできず、ズルズルと従前の取り組みを続けたまま、無為に時間を過ごしてしまう人が多い。理由はシンプルで、そのような人は「始められない」のではなくて「やめられない」のです。

 人の持っているリソースには限りがあります。そのリソースを用いて、どんどん新しいことを試していくためには、すでにやっていてこれ以上伸びシロが望めないということをやめる必要があります。

(本原稿は『ニュータイプの時代――新時代を生き抜く24の思考・行動様式』山口周著、ダイヤモンド社からの抜粋です)

山口 周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。ライプニッツ代表。
慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン コンサルティング グループ等で戦略策定、文化政策、組織開発などに従事。
『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)でビジネス書大賞2018準大賞、HRアワード2018最優秀賞(書籍部門)を受賞。その他の著書に、『劣化するオッサン社会の処方箋』『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』『外資系コンサルの知的生産術』『グーグルに勝つ広告モデル』(岡本一郎名義)(以上、光文社新書)、『外資系コンサルのスライド作成術』(東洋経済新報社)、『知的戦闘力を高める 独学の技法』(ダイヤモンド社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)など。神奈川県葉山町に在住。