論点(2)
少数株主利益の保護に背き、
支配株主との利益相反を招いたのか

 ここからは2つ目の論点である、少数株主保護についても考察しておこう。

 たしかに、コーポレートガバナンス・コードにおいては、独立社外取締役に少数株主の利益の代弁することを期待していると思われる。しかしながら、今回のアスクルの件に関して、ことさらに少数株主利益の保護が持ち出されていることに対して、筆者は違和感を覚える。

 そもそも、ロハコ事業はもちろんのこと、BtoB事業を含めても、アスクルの業績は芳しくない。2017年2月の倉庫火事や、近時の配送料高騰という事情はあるにせよ、売上高営業利益率は、2012年5月期の3%台から、直近2決算期には1.2%弱にまで低下している。

 このような状況において、現社長の再任を決定した指名委員会や独立社外取締役は、はたして少数株主利益のために行動したと言い切れるのだろうか。

 独立社外取締役といえども、経営陣によって、株主総会に候補として提案され、選任される。そのような独立社外取締役が、自身を候補として推薦してくれた経営陣に、どこまで厳しい意見を言えるのだろうか(あまり厳しいことを言っていると、次の株主総会では取締役候補から外されてしまうかもしれない)。独立社外取締役は、社内取締役よりは、しがらみに囚われない意見を述べられるであろうことは認めるが、経営陣に対する監視役という意味では絶対の存在ではない。

 さて、少数株主の利益という観点から、ヤフーが取締役の不再任を発表した前日の7月16日から、株主総会の開催された8月2日までのアスクルの株価の推移を見ておこう。この間、アスクルの株価の上昇率は17%、同期間のTOPIXの上昇率は-2%である。もし今回の不再任のニュースが、少数株主利益を害するものであると市場が判断したのであれば、株価は下落したはずである。少なくとも、株価の反応を見る限り、不再任の発表によって少数株主利益が棄損されたとはいえない。

 大株主であるヤフーとアスクルの利益相反と、少数株主利益の保護が問題になるとすれば、ロハコ事業を安値でヤフーに譲渡することであろう。この点については、アスクルの独立役員会が7月10日付の意見書で、ロハコ事業の譲渡への現経営陣の反対が、今回の不再任の背景にある可能性を主張している。これに対して、ヤフー側は7月29日付の開示資料で、不再任の理由はアスクルの業績低迷であるとし、こうした可能性を全面否定している。

 今後、ロハコ事業を巡って、利益相反が生じる可能性は否定できない。だが現時点では仮定の話であり、どちらか一方の見解に与することは難しいというのが、筆者の意見である。

 以上、アスクルの取締役不再任問題について、3つの論点を整理し、筆者の見解を述べた。

 2019年を振り返ると、本件を含めて、上場企業の経営権を巡る問題が多い。

 伊藤忠によるデサントへの敵対的TOB成立、廣済堂のMBOに対する旧村上ファンドの対抗TOBによる阻止、LIXILの会社側取締役候補の否認と株主提案取締役の選任という、3つの従来にはない形の経営権争いが行われ、いずれもその後、経営陣が交代している。また、HISによるユニゾホールディングスへの敵対的TOBは失敗には終わったものの、議決権の過半数を取得せず、比較的少ない資金で企業の経営権を掌握しようとするTOBが可能であるという、現状の制度の問題点を明らかにしたように思える。

 こうした事案は、2014年以降、コーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コードの導入により目指してきた、株主によるコーポレートガバナンスが、本格的に機能し始めている証左とも考えられる。それは経営者に対して、株主に説明責任が果たせる、より理論的な企業経営への転換を迫っているように思える。今回のアスクルのケースも、株主を主体とするガバナンスの新しい形を模索する過程で起こった事案と考えられるかもしれない。

 少数株主利益は軽んじられてはならないが、その一方で、支配株主が経営陣を選任し、企業の経営の方向性を決められるというのが、株式会社の経営の原則でもある。「一所懸命に経営してきた現社長を、冷徹に解任する大株主」という構図に感情的に惑わされるのではなく、経営陣の保身(エントレンチメント)に悪用されないための独立社外取締役を含めた社外取締役の選解任方法や、ガバナンス上、社外取締役にどこまでの責任を期待するのかを考え直す機会として、本件が受け止められることを期待したい。

(早稲田大学大学院経営管理研究科<早稲田大学ビジネススクール>教授 鈴木一功)