悔しかった。すごく悔しかった。しかし、この時間は無駄ではなかった。

 村尾たちは、新国立競技場でザハ案を実現するためにBIM(建物全体の設計図から部品一つまで、サイズや数量、仕様など建設に必要なあらゆる情報をまとめてデータベース化するツール)を使って設計方法や図面の検討を行う実施設計を担った。そのときの経験が日建設計のBIM技術を発展させていた。

 カンプ・ノウのコンペでFCバルサ側から「本当に大丈夫か?」と何度も確認されたが、BIMを使って施工の確実性、つまり工期を守れることを粘り強く説明し、証明した。動画で工事の手順を見せたりもした。こうして工事費算出のエビデンスを示したことが評価された。

 コンペのワークショップでは、施主の疑問や建設上の課題を計画段階で解決していく過程で力を試され、ふるい落とされる。デザイン力はもちろん、問題解決力や提案力が評価されるのだ。その場で答えを出せなかった課題は、宿題として次回のワークショップに持ち越されることもあった。

FCバルセロナ本拠地改修を日建設計が受注、大金星の裏に「ザハ案」の雪辱日建設計の設計部門プリンシパル、バルセロナ支店長の村尾忠彦執行役員 提供:日建設計

「それだけ指摘してくるということは、興味を持ってくれているということ。回を追うごとにますます力が入っていった」と村尾は振り返る。

 FCバルサが設計の選定にこれほど手間をかける理由の一つに、このクラブ特有の性質がある。FCバルサは「ソシオ」という民主制の団体組織であり、クラブ運営は一般市民などから募った会員の会費で賄われている。今回の改修工事プロジェクトの責任者たちも皆会員だ。だからこそ、「自分たちのスタジアム」だという意識が強く、改修プロジェクトへの期待も要求レベルも高かった。

 利益を出しやすいVIPルームを造るといった収益を生むための工夫や、改修中も試合を観戦できるように常に8万席を確保するといった難しいオーダーも盛り込まれていた。

 16年3月、村尾たちは審査員たちの満場一致の賛成を得て、カンプ・ノウの設計を受注した。村尾たちは感無量だった。ザハ案の雪辱を遠い地で、最高の舞台で果たした。

「世界中から集められたスタジアム建築のプロ中のプロたちから認められた」と村尾。工事は今年5月に始まり、完成時期は23~24年ごろを予定している。

 ひょっとすると、カンプ・ノウの受注は、ゼネコンと設計事務所の役割分担を変えるきっかけになるかもしれない。というのも、BIMを武器にして物にしたカンプ・ノウの仕事は、設計事務所の範疇を超え、日本のゼネコンのようにプロジェクトのマネジメントの一部も担当するもの。工事を担う施工会社を設計事務所が主導し、コストを管理する仕組みを取っているのだ。

 カンプ・ノウは「例外」なのか。設計事務所の受注戦略が変わり始めた「象徴」になるのか。続編では、設計事務所とゼネコン相互の「領空侵犯」の事情を探っていく。

(敬称略)

>>(下)「新国立とカンプ・ノウに見る『設計事務所vsゼネコン』の相互領空侵犯」を読む