シンガポールが最良のビジネス環境を追求できる理由

 また、シンガポールでは、SingPassという個人IDが発行されており、同じようにIDで本人確認を行い、オンラインで行政手続きが完了する。法人向けには、CorpPassというIDも発行されている。

 シンガポールは、ビジネスハブとして多くのグローバル企業のアジア拠点を抱える国である。東京と同じ程度の面積しかない小国だが、アジアにおいて最大限にビジネスをしやすい環境を企業に提供し、経済成長を成し遂げた。前述のDoing Business2019でも、シンガポールは世界2位となっている。政府は企業のビジネス環境を常にアップデートせねばその地位が失われることを認識しており、行政手続きの行いやすさを追求するためデジタル化を一気に進めているのだ。

 加えて、シンガポールは日本と同様に高齢化が進んでいる。労働人口が減少する中、限られた行政職員で国民により利便性の高い公共サービスを提供することが重要だという観点からも、行政サービスの電子化は急務だと認識している。

 首相のリー・シェンロンは本人もプログラミングができるほどITに詳しく、スマートシティならぬスマートネーション(Smart Nation)を掲げて民間企業から人材を集め、2016年にはGovernment Technology Agency(GovTech)を設立。デジタル化を抜本的に進めている。

インドでは13億人が個人デジタルIDを取得

 このように、エストニアやシンガポールの話を聞くと、「小国だからできるのだ」という人がいるが、それは正しくない。

 インドではAadhaarという個人デジタルIDがすでに13億人に与えられており、虹彩、指紋といった生体情報とも結び付けられ、行政手続きをオンラインで行うことができる。

 Aadhaar導入前のインドでは、汚職などにより貧困者向けの給付や農家への補助金などが給付対象者にそのまま渡ることがなく、本人に届く前にほとんど搾取されていたという。また、銀行口座を開設しようにも、低所得者には本人確認の手段がそもそもないため不可能だった。

 Aadhaarにより低所得者でも銀行口座が開設可能になり、直接給付を受けられるようになるため、国民はこぞってこれを取得した。金銭的なインセンティブが働き、低所得者を中心にID取得が促進されたのだ。Aadhaar導入から6年間でID保有者は10億人を超え、政府は年間で9000億ルピー(約1.4兆円)の行政コストを節約できたといわれている ※3

 Aadhaarを含むインド国民向けのデジタルインフラ(India Stack)は、インドの大手IT企業インフォシスの創業者が設立したiSPIRTという非営利団体によって設計・構築された。

 ここでもやはりITの専門家の存在が、インドの公共サービスのイノベーションを支えたといえる。また、India Stackが整備されたことで、これをベースとしたフィンテックスタートアップが登場し、政府が新しいビジネスの創出を後押しすることにつながった。

※3:How the Centre saved 90,000 crore using Aadhaar(The Times of India)