行政デジタル化先進国から学べる2つのこと

 さて、これら3ヵ国の事例から、学べる点は何だろうか。

 まず、ITに造詣の深い専門家がデジタルIDをデザイン、開発しているということだ。テクノロジーをよく理解している人が、新しい技術を前提に仕組みを考え、形にしている。ITを十分に理解していない行政官だけでデザインすると、既存の制度を出発点に考えてしまって本当に使い勝手のいい仕組みにならず、ITの優位性を発揮できないといった弊害が起こり得る。

 次に、そのIDを通じて実現したいことが明確であることだ。エストニアでは、行政の効率化と、外部の脅威に耐えうるオンライン上での国家機能の構築が目的だった。シンガポールは、ビジネスフレンドリーで国民が利用しやすいサービスの提供。インドは、低所得者に対する効率的な支援の提供と、デジタル基盤をベースとしたスタートアップの育成だった。

 このように、それぞれの国の背景に沿ってデジタルIDの利用に対するモチベーションがはっきりしていたことがわかる。

デジタル化には「IT中心」の議論を

 翻って日本の場合、どうだろう。

 まず政府のIT人材が不足しており、いたとしても十分な権限が与えられていないことが、大きな課題だ。内閣官房はCIO補佐官というIT人材を民間から採用し、各省庁に配置しているが、各省に数人といったレベルであり、ITの専門家が圧倒的に足りていない。

 また、テクノロジーを前提とした仕組みの変革を推し進めるにあたって、そうした専門家に意思決定の権限が十分に与えられているわけではない。ITの専門家を中心に据えて、デジタルIDを起点とした公共サービスのあり方を議論し、システムと制度を同時に変えていく体制が必要である。
 
 高齢化が進む中、「税と社会保障手続きの簡素化」が日本のデジタルID導入における大きな目的だった。しかしながら、その目的が十分に国民と共有されていなかったことが、もう1つの問題だろう。

 加えて、実際には税や社会保障に関する電子手続きが、既存のシステムにIDをひも付ける形で提供されたため、ユーザーである国民が便利だと感じるレベルまでサービス体験が改善できていなかったことが、普及に至らなかった理由だと考えられる。

 国では現在、マイナンバーカードの健康保険証との一体化、消費税増税に対応したポイント還元などの方法で、カードの普及加速を検討している。これらがユーザーフレンドリーな形で提供されることがIDの普及・活用にとって必要だが、そのためにも前述のようなIT専門人材の政府内登用と権限の付与が重要なポイントになるだろう。

(経済産業省 商務情報政策局総務課情報プロジェクト室 室長補佐 吉田泰己)