世の中の雑音・雑念にとらわれずに「思考」するコツや、脳のリソースを使い切るコツとは? 約30年にわたってトップ棋士として活躍をつづける将棋界のレジェンド、羽生善治九段と、USBフラッシュメモリのコンセプト開発などでも知られるビジネスデザイナーの濱口秀司さんによる、異業種トップランナー対談第2回です。(協力:日本将棋連盟)

【第2回 羽生善治さん×濱口秀司さん対談】自然に考えてもアイデアを思いつけない人に有効な「大リーグ養成ギブス」とは?羽生善治(はぶ・よしはる)さん
将棋棋士。6歳から将棋を始め、1982年6級で二上達也九段に入門。85年15歳で四段となり中学生棋士に。89年初タイトル竜王を獲得。94年、九段に昇進。96年には将棋界初の七冠制覇(名人、竜王、王位、王座、棋王、王将、棋聖)を、2017年には史上初の永世七冠を達成。通算タイトル獲得期は99期。あらゆる戦型を指しこなすオールラウンドプレーヤーで、終盤に劣勢を逆転させる勝負手は「羽生マジック」として知られる。人工知能(AI)については早くから着目し、NHKのドキュメンタリーのリポーターを務めるなど詳しいことで知られる。18年国民栄誉賞、紫綬褒章など表彰多数。著書も、将棋専門書以外に『挑戦する勇気』(朝日新聞社)、『決断力』(角川書店)『迷いながら、強くなる』(三笠書房)など多数。1970年、埼玉県所沢市出身。

羽生善治さん(以下、羽生) 濱口さんが引き受けたプロジェクトのソリューションを、消去法で見つけることはありますか。「うまくいく方法」ではなく「ダメな方法」を片っ端から考えていって、残ったものが正しい解になる、というような。

濱口秀司さん(以下、濱口) 毎回考えます。僕は将棋については詳しくないのですが、つねに勝とうとして勝ち筋を一生懸命考えていると、勝つための手は蓄積されますよね。でも、こう指せば負ける、という手を知っていることがそれ以上に大事なのかなと想像します。もちろん、負け方を集めれば勝ち手が残るわけではないですが。それから、この手を指すと均衡関係が続くというニュートラルな手、そして、どちらに転ぶかわからない一か八か不確実なギャンブル的な手も知っていると有効そうです。そういった多くのモードを組み合わせて「勝つことを設計する」のが、自分は好きです。

羽生 負ける手を考えているというのは、将棋ではたしかに9割がたそうなんです。おっしゃるような多くのモードというか、いろいろな角度の視点をもつことは大事ですが、意図的にされているのですか。

濱口 業務上、意図的にやっています(笑)。そうでないと、僕は普段は、ただボーっとしていますから。でも仕事では絶対に失敗したくないし、同じ方法も二度と使いたくないんです。

独自の道を行くコツは
「何もかも信じない」?!

羽生 「同じ方法を二度使わない」というのは、過去にこういう型でうまくいったけど今回はあえて使わない、ということがあるわけですか。

濱口 絶対に同じ型は使いません。それを自分にルールとして課しているんです。昔、会社で働いているときに、先輩が「俺、最近頭の回転が速くなって、鋭くなった」と言っていたんですが、よく見ていたら、単にパターン化して「作業」が速くなっていただけで(笑)。ああなりたくないな、と思ったんですよ。だから、それを避けるには、解き方を毎回変えて、同じ答えを出さなければいいんだ、と決めたんです。それができなくなったら、自分の能力が落ちていることがイヤでもわかる。とはいえ、製品・サービスを提供している側の認知をまず構造化する、といった基本のパターンはいつも使います。

羽生 今の世の中だと、さまざまなデータがあるし、マーケティングされて画一的な情報の波ができている気がしますが、そういうものに毒されず、独自の道を行き続けるコツってありますか。

濱口 ひとつは…何もかも信じていない(笑)。

羽生 (笑)。答えがあることは信じきってる、とおっしゃってたのに、何も信じてない! すごいですね。

濱口 たしかに。でも美しい答えがあることだけですね、信じているのは。状況が変われば、データの読み方も変わるし、データの取り方すらおかしいかもしれないですから、何も信じていません。信じてるのは、自分が見たものや触ったもの、体験とロジックだけ。それすら疑いながらやっています。信じていないから、パターンを壊すことも躊躇なくできるんだと思います。

羽生 何も信じないために、世の中のデータや情報に触れないようにしているんですか。

濱口 一応、公式には「バイアスを受けたくないので触れないようにしてる」と格好つけて言ってますが、本当は僕の記憶力が弱いからです(笑)。僕は、いろいろなことをまったく覚えられないから、毒されにくい。興味もないし。ニュースも見ないし、ビジネス書も読まない。クライアントさんと仕事をする前に、業界の勉強をすることもないです。

羽生 つねに、フラットな視線を意識されている――。

濱口 そういう格好よさならいいのですが、プロジェクトを一杯抱えているから、それだけで頭が一杯なんですよね。学生さんからも「普段、何を読んでいるんですか? どこで情報を収集されてるんですか?」とか聞かれるんですけど、本当に何も読んでないし見てないんです。

3分後に答えを出し
3分で冷静に分析する

羽生 プロジェクトを同時並行的にいくつも抱えておられるんですよね。

濱口 プロジェクトは、つねに20件前後やっています。ただ、同時並行といっても、同時に複数のことを考えてはいなくて、1日のなかで、これに5分、これに1時間、と個別に集中して考えています。

羽生 そうはいっても、1日24時間しかないので、抱えられるプロジェクトの数は限られますよね。「このプロジェクトは、このぐらいの時間でできる」というのは、大体わかるものですか。

濱口 質問のお答えとずれるかもしれませんが、どんなプロジェクトであっても毎日答えを出すことにしています。世の中では一般的に、4週間のプロジェクトがあったら、最初の2週間はリサーチして、3週間目までに戦略を練って、4週間目にはまとめに入って、最後の2日でプレゼン資料に落とし込んで…と段階を踏まれるようですが、僕は1日単位で、解決策とそのロジックをまとめることにしています。だから、プロジェクトが20件超あっても、すべてのプロジェクトのその時点の答えが夜には出揃います。次の日に情報が入ったら、またそれを加味して考え直すんです。

羽生 毎日答えを出されるということは、仕事の相談をもらった時点で、答えはおおよそ決まっているということですか。

濱口 プロジェクト期間の後半に答えが変わっていく場合もありますが、変わらないこともあります。ただ、とにかく1日ごとに答えを出すことをクセづけしています。たとえば、3ヵ月間のプロジェクトであっても、今から3分後に答えを出して、社長と2000人の聴衆の前で発表しなさい、と言われたら、どうですか。その3分間は時間とクオリティの面で最大のプレッシャーがかかった状態ですから、論理と直感の両方を混ぜて使うと思うんです。3分でいったん答えを出して、あとの3分で冷静に分析します。直感レベルで問題を見るのは結構重要ですし、またそれを自分がどういうアプローチで答えを出したのか解析することも大切。6分が最低単位です。その訓練の意味もあって、1日単位で考えをまとめるようにしています。

自分の脳のリソースを使い切るため
極度のプレッシャーをかける

羽生 自分がどう発想しているのか、どういう傾向があるのか、毎日見続けている、という感じですね。

【第2回 羽生善治さん×濱口秀司さん対談】自然に考えてもアイデアを思いつけない人に有効な「大リーグ養成ギブス」とは?濱口秀司(はまぐち・ひでし)さん
京都大学工学部卒業後、松下電工(現パナソニック)に入社。R&Dおよび研究企画に従事後、全社戦略投資案件の意思決定分析を担当。1993年、日本初企業内イントラネットを高須賀宣氏(サイボウズ創業者)とともに考案・構築。1998年から米国のデザイン会社、Zibaに参画。1999年、世界初のUSBフラッシュメモリのコンセプトをつくり、その後数々のイノベーションをリード。パナソニック電工米国研究所上席副社長、米国ソフトウェアベンチャーCOOを経て、2009年に戦略ディレクターとしてZibaに再び参画。現在はZibaのエグゼクティブフェローを務めながら自身の実験会社「monogoto」を立ち上げ、ビジネスデザイン分野にフォーカスした活動を行っている。B2CからB2Bの幅広い商品・サービスの企画、製品開発、R&D戦略、価格戦略を含むマーケティング、工場の生産性向上、財務面も含めた事業・経営戦略に及ぶまで包括的な事業活動のコンサルティングを手掛ける。ドイツRedDotデザイン賞審査員。米国ポートランドとロサンゼルス在住。

濱口 そうなんです。自分の思考パターンはすごく注意して見てますね。ただ、ずっと見てると病気になるので(笑)、今からは自由に考えていい、と思考を解放する時間もつくったり。3分ぎゅっと集中して答えを考えたら、次の3分はどういうアプローチでその答えを出したのか振り返る。ぎゅっと集中して考えると、論理を使うけれども直感が同時に動くので、論理的な間違いをしたり、変なところに転がるケースがあります。その変なところに転がった思考がヒントになることが多いと思うんです。人の頭って面白いですよね。そんなふうに自分があえてひっくり返ったり失敗したりするようにプレッシャーを与えるのは、自分の脳の限られたリソースを使い切るうえで重要じゃないでしょうか。

羽生 そうですね。でも、それを意図的に保つというのは、やっぱりかなり難しいですよね。

濱口 ちょっと古いたとえですが、漫画「巨人の星」の星飛雄馬が付けていた、「大リーグ養成ギブス」を付けているような状態ですね(笑)。自然にランダムに考えて成功している人はギブスを付けたらダメですけど、いままで自然に考えてもアイデアを思いつけなかった人にとって、ギブスはやり方を変えるヒントです。単純にいつもの逆の手法をとるだけで、成功確率は高まると思う。

羽生 それは重要な話ですね。クライアントの方にも、そういう方法論は直接伝えておられるんですか。

濱口 アメリカの仕事だと、単純に依頼されたプロジェクトの解を出すだけで、そのプロセスの種明かしはしないです。でも、日本のクライアントさんの場合は、一つのプロジェクトを通して組織能力も上げてほしいと頼まれることが多いので、一緒に進めたり、その場合は実はこうやったんですよ、と種明かしをします。(第3回につづく)