永明寺(福岡) 投稿者:@eimyouji  [2019年9月28日] 

私たちがかえる場所

 今回は北九州市八幡東区の浄土真宗本願寺派永明寺の掲示板です。

 ちょうど秋のお彼岸の時期にこの言葉を張り出していたそうです。相田みつをさんを意識した字体で「もろともに夕日に向かう飛雁(ひがん)かな」と書かれています。おそらく「飛雁」と「彼岸」をかけているのでしょう。

 夕日が沈む真西の方角に極楽浄土があるといわれ、古来より多くの人々がその浄土への往生を願ってきました。『観無量寿経』の中には浄土を思い浮かべる「観想」という修行が16種類説かれていますが、その1つとして、西方にある浄土を思って日が没する様子を見つめる「日想観」があります。

 大阪にある聖徳太子ゆかりの四天王寺では、夕日が真西に沈むお彼岸の中日の日没の時間帯に、現在でも「日想観」にちなんだ法要が行われています。この四天王寺で最初に「日想観」の修行をしたのは、一説では空海だったともいわれており、長らくこの地が「日想観」の修行地であったため、いまでもお彼岸にこのような法要が行われているのです。

 彼岸を遠く過ぎて冬を迎えつつあるいま、日が暮れるのが早くなってきました。2005年公開の映画「ALWAYS三丁目の夕日」が当時大ヒットしましたが、夕日には多くの日本人に懐かしい思いを起こさせる何かを含んでいるようです。みなさんも西の彼方に沈む夕日を見つめていると、なぜかノスタルジックな気持ちになりませんか?

 以前、宗教学者の山折哲雄先生が韓国人の仏教学者から「“夕焼け小焼け”の歌には日本人の宗教観が詰まっている」と指摘されたというお話をされていました。

 童謡「夕焼け小焼け」を知らない方はほとんどいらっしゃらないのではないかと思います。歌詞を読むと、「夕方にお寺の鐘が鳴って、子どもに帰宅をうながす」メッセージのようにしかみえません。私は小さいころからそのような歌だと思って、「夕焼け小焼け」を聞いていました。

 しかし、山折哲雄先生曰く、この歌詞には「帰るべきところに帰れよ」というメッセージがあり、「落日(西)の彼方に存在しているお浄土に帰れ」という意味合いが含まれているそうなのです。

 また、「からすといっしょ」の部分に、仏教特有の「共生」の思想を見いだすことができ、韓国人の学者の指摘の通り、日本人に根付いている宗教観を読み取ることができるとおっしゃっておられました。

 どんな人間でも安心できる家に戻りたいという気持ちや、生まれ故郷を懐かしむ気持ちを心のどこかに持ちあわせています。西の彼方に沈んでいく夕陽。そこにわたしたちが懐かしさを感じてしまうのは、命の還る場所(お浄土)を無意識に重ね合わせているからかもしれません。

「輝け!お寺の掲示板大賞2019」募集を締め切りました。たくさんのご応募ありがとうございました。12月上旬に受賞作を発表予定です。

なお、当連載をまとめた書籍『お寺の掲示板』が9月26日に発売され、さっそく増刷となりました。お手に取ってご覧いただければ幸いです。

(解説/浄土真宗本願寺派僧侶 江田智昭)