イノベーションの種はどこにあるか

 世界が混沌としているからこそ、「実験」のしがいがある。もし、世界が整然としていて、先の先まで見通せたなら、そこは僕にとってとんでもなく退屈な場所になってしまうだろう。これだけ覚えておけばいいというルールも公式も、当てになるものなど何もないなかで、自分の頭を使ってその都度その都度、最適な法則を見つけていく。それは、最高に好奇心をかき立てられる作業で、僕にとっては生きている証そのものと言ってもいい。

 どんなに小さなことでもいい、今から「実験」をはじめてみてはどうだろう。

 気負う必要なんて全然ない。本当に些細なことでいいのだ。たとえば、どうしたらハズレなく美味しいレストランを見つけられるだろう、という問題。素朴で単純な問題に思えるけれど、よくよく考えてみると結構複雑だ。立地、駅からの距離、客層、シェフの年齢、家具の趣味、内装のセンス、店名、看板のデザイン……。考えなくてはならない要素は山のように出てくる。

 そこから「看板がわかりにくい店は美味しい」といった仮説を立て、機会があるごとに「検証」を続ける。最終的には、その仮説は反証されて「シェフが名前の入ったユニフォームを着ている店は美味しい」という法則が導かれるかもしれない。でも、それはそれでいいのだ。法則を発見する過程は、十分にワクワクするものになるだろうから。

 読書一つとっても同じこと。一冊の本を読んで、そこに書かれたことをそのまま実践するよりは、できるだけたくさんの本に触れて、点と点を結ぶように自分なりの法則を見いだしていく。著者Aはこう書いていた、著者Bもこう書いていた、著者Cもこう書いているのだろうか。ただの読書が、自分の立てた仮説を検証/修正していく営みに変わり、ずっと豊かな時間をすごせるはずだ。

 「実験」は、その結果が出た時に初めて完結する。結果を見た時の喜びは本当に何ものにも代えがたい。やみつきになる。僕は一度「実験」をはじめたら、「仮説」が立証/反証されるまでは、絶対に途中でやめてはいけないと思っている。僕が今、何としても得たいのは「飲み薬で失明は治せる」という結果。それを手にするまでは絶対にやめない。

 みなさんにも、小さなことからはじめていつかは、どうしても結果を知りたいと思えるような「実験」に出会ってほしい。

 僕は寝ても覚めても、イノベーションというのはどうすれば生まれるのだろう、と考え続けている。それは目下、僕が取り組んでいる最大の「実験」なのかもしれない。まだ「実験」は途上だが、これだけは現時点ではっきりと言える。

 イノベーションの種は、日常に潜む本当に小さなことのなかにある。

 一人ひとりが意識のほんのわずかな部分を変えるだけで、イノベーションの芽は育ちはじめる。みなさんのうちの誰か一人が、目の前に広がる混沌とした世界に「おもしろさ」を見いだし、それまでとは違った視点で物事を考えはじめる。ただ、それだけのことがイノベーションを起こすという意味では、信じられないほど大きな進歩なのだ。

 変化はすぐには起こらないかもしれない。でも、私が日々実感しているように「実験」をはじめると確実に世の中の見えかたは変わる。ぜひ、みなさんも今日から「実験」に取り組んで、イノベーションの種を一緒に育てていこうではないか。

(第2回は8月21日更新予定です)