パクリか否かの争点は
オリジナルへのリスペクト?

 パクリ問題はとりわけSNSで発覚、拡散されることが多い。SNSで横行する「パクツイ」は、いわゆる「著作権侵害」にあたるのだろうか。

「一般人が発信したツイートであっても、たとえばそれが『著作物』に当たるようなツイートや画像であれば、無断で複製し自分の作品かのように発信することは、著作権侵害に当たると考えられます」(川口弁護士、以下同)

 ツイッターの規約を見ると、「ユーザーは、本サービス上にまたは本サービスを介して自ら送信、投稿または表示するあらゆるコンテンツに対する権利を留保するものとします。ユーザーのコンテンツはユーザーのものです。すなわち、ユーザーのコンテンツ(他のコンテンツに組み込まれたユーザーの音声、写真および動画もユーザーのコンテンツの一部と考えられます)の所有権はユーザーにあります」と、投稿コンテンツの所有権は投稿者自身にあると明記されている。

 ツイッターの投稿がどこまで本人の「著作物」の範疇に入るかは難しいところだが、それが独自の創作性や独創性を伴うようなものであれば「著作物」ともいえる、と川口弁護士は語る。

 実際、最近のツイッターは「なんでもないつぶやきの場」というより、「作品」の発表の場になっている一面もある。こうした作品を複製して掲載することは著作権侵害の可能性が高いわけだ。ネット上に作品発表の場が広がっているからこそ、作品をいつどこで盗まれるかはわからないというリスクもはらんでいることとなる。

 パクリが炎上するか否かは、根底に元作品への愛やリスペクトがあるかどうかも大きく関係しているようだ。

「オマージュかインスパイアかパクリかは、受け取り手の価値観によっても変化します。しかし、過去のケースを見ても根底に元作品へのリスペクトや愛情があるか否かが、炎上のいかんを左右しているような印象です」

 今後も芸術における盗作問題が世間を騒がすことはなくならないだろう、と川口弁護士は言う。

「創作とは本来、自由で制限のないもの。なんでもパクリだと批判することも問題かもしれません。全くの新しいアイデアというのは世の中にはそこまで多くはなく,既存のアイデアの組み合わせによる場合がほとんどではないでしょうか。映画も音楽も小説も、芸術には少なからず先人の築いた素地がある。どこまでがインスパイアで、どこからが完全な盗作かの判断については、今後も議論の余地があるでしょう」

「隠れた芸術家は模倣し、偉大な芸術家は盗む」。数々の偉大なる製品を残したスティーブ・ジョブスはそう言った。クリエイターにとって、作ることは“盗む”ことと表裏一体で、もしかしたら完全なオリジナル作品を見つけるほうが難しいのかもしれない。

 しかしSNS時代においては、インスパイアにしてもパクリにしても、すぐに誰かに見つかり、やり玉にあがるということは覚悟しておかなければならないだろう。