エストニアでは市役所をぞろぞろ回らなくていい
ところがね、ショールームの担当の方がね、最初はちょっと親切だったのに、「日本から来た」と話したら嫌な顔をされたのです。いま、日本人って嫌われているのですね。どうしてなのかと尋ねたら、「いや、日本人は視察旅行と言って来るから、何を聞きたいとも言わないし、何も質問もしないから、張り合いがなくなってしまって」ということでして。そこで「一般論を聞きたいのではなくて、お年寄りがどう変わったのかについての話を聞きにきたんだ」と言ったら、急に態度が変わって、とても親切に教えてくださいました。
1935(昭和10)年、東京都生まれ。東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)卒業後、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入社。定年をきっかけにパソコンを購入し、楽しさにのめり込む。シニアにパソコンを教えているうちに、エクセルと手芸を融合した「エクセルアート」を思いつく。その後もiPhoneアプリの開発をはじめ、デジタルクリエーター、ICTエバンジェリストとして世界で活躍。シニア向けサイト「メロウ倶楽部」副会長。NPO法人ブロードバンドスクール協会理事。熱中小学校教諭。著書に『老いてこそ、デジタルを。』(1万年堂出版)、『独学のススメ-頑張らない!』(中央公論新社)、『60歳を過ぎると、人生はどんどん面白くなります。』(新潮社)、『明日のために、心にたくさん木を育てましょう』(ぴあ)等。
たとえば、電子政府を始めたとき、少々面倒でも年寄りも一生懸命に協力してくれたこと。サービスがたくさんあって、そのユーザビリティ、つまり使い勝手のよさに、とことんこだわっているから使われたのだ、と。健康保険や税金などのデータもバラバラにしない。こんなことをおっしゃっていました。
電子政府だと、オギャーと生まれたときに病院のお医者さんや助産師さんが出生届を登録すると、もうその情報が役所に全部行くのですね。だから、お父さんやお母さんのする仕事は、子どもに名前を付けてオンラインで登録するだけなんですって。
子どもが成長すると、あとはたとえば3歳児健診とか、小学校の入学とか予防注射とかいろいろありますよね。そういうのは全部もう役所の中で回しちゃっているから(注:各データベースをつなぐ情報基盤システムが稼働しているため)、何もやらなくてもいい。やれ書類を出せだ、やれ証明書をくださいだの、ぞろぞろぞろぞろと1日がかりでもって、市役所の中を回ったりしなくていいのですよ。
では、「エストニアのシニアはどんなふうに電子政府を使っているのか」や「どう評価しているのか」などと、あれこれ質問したわけです。それを理解したいなら、自分で電子政府を体験したらいいと言われました。「e-Residency」(注:イーレジデンシー。エストニアが外国人に電子政府を体感できるよう、システムを一部開放した電子居住制度)を使ってみるのがいいと言われまして、そのカードを取得することになったのです。
「イーレジデンシー」になってみた
(取得したイーレジデンシーカードを取り出して)イーレジデンシーカードには、11桁の数字が書いてありますね。これは生年月日や男女などの情報から作れられた番号です。日本のマイナンバーカードにも同じような番号がありますよね。これをデジタルIDといいます。
でもね、一番驚いたのは、落としても大丈夫だというところです。マイナンバーカードって、人に見せてはいけない、落っことしたら、それはもう大変なものだと言われています(注:日本のマイナンバーカードには住所が記載されているが、エストニアのものには住所の記載がない)。だけど、イーレジデンシーカードをもし私が落っことしたとしても、みんな「あっ、これ、マーちゃん(若宮さんの愛称)のだよ」ってすぐにわかるわけ。誰が見てもわかる番号だからです。
あと、このID番号が現地の生活の隅々にまで行き渡っていることにも気がつきました。滞在中、たまたま別の方がタリン大学の卒業式に連れていってくださいました。卒業証が卒業証明書でもあるんですね。で、そこにはやっぱりこのID番号が書いてあるわけです。