生物は散逸構造である

 ガスコンロの炎はだいたい楕円形(だえんけい)で、先が細くなった形をしている。しばらく見ていても、炎の形は変化しない。しかし、変化しないのは見かけだけで、分子レベルでは動的な状態にある。

 ここまでは、平衡状態のときと同じである。でも、この先が違う。炎は非平衡状態にある。炎の場合は、物質にもエネルギーにも流れがあるのである。

 炎が一定の形をしていられるのは、エネルギー源としてガス(主成分はメタン)が供給され続けているからだ。ガスはコンロの中から出て、(酸素と結合して、二酸化炭素と水になって)空気中へ広がっていく。この炎のように、流れがある非平衡状態なのに、定常状態(形が変化しない状態)である構造を「散逸構造」という。

 ここで簡単に、「散逸」という言葉について説明しておこう。エネルギーにはいろいろな形がある。たとえば運動エネルギーだ。床を転がるボールは、運動エネルギーを持っている。でも、転がっていくうちに、だんだん速度が遅くなって、ついには止まってしまう。

 これは、ボールの運動エネルギーが、床との摩擦によって、摩擦熱に変化してしまうためだ。つまり、運動エネルギーが熱エネルギーに変化したわけだ。

 ところが、この逆の現象は起こらない。止まっているボールが、床から熱エネルギーを集めてきて、ひとりでに転がり始めることはないのである。

 このように、エネルギーの変化には向きがある。運動エネルギーだけでなく、いろいろなエネルギーが熱エネルギーに変化するが、その逆は起こらない。このように向きが決まっていて、逆向きが起こらない過程を、不可逆過程という。

 そして、いろいろなエネルギーが熱エネルギーに変化する不可逆過程のことを、「散逸」というのである。

 ガスコンロの場合は、メタンの中に蓄えられていたエネルギー(具体的にはメタン分子の中の原子同士の結合エネルギー)が、炎の熱エネルギーに散逸したのである。

 もちろんガスコンロには、エネルギーの出入りがある。散逸構造とは、非平衡なのに定常状態であるもののことだ。別の言葉で言い換えれば、流れがあるのに形が変化しないもののことだ。

 散逸構造の例としては、ガスコンロの炎の他に、海の潮の変わり目にできる渦や、台風や、そして生物がある。プリゴジンも生物が散逸構造の例であることには気づいていて、いろいろと考察している。