生物は平衡状態ではない

 あなたの目の前に、水の入ったグラスがある。しばらく見ていても、グラスの中には何の変化も起こらない。水の量も変わらない。こういう状態を、平衡状態という。

 しかし、何の変化も起きていないのは見かけだけで、分子レベルでは動的な状態、つまり分子が活発に動き回っている状態である。液体中の水分子の一部は、空気中へ飛び出す。

 空気中の水分子の一部は、液体の水に飛び込む。飛び出す数と飛び込む数が同じなので、見かけ上は何も起きていないように見える。これが平衡状態である。

 平衡状態は動的な状態だが、そこに流れはない。流れとは、たとえば川の水のようなものだ。川の水分子の中には、上流に向かって動くものもある。しかし、下流に向かって動く水分子の方が、圧倒的に多い。したがって、全体的に見れば、川の水分子は下流に向かって動いているといえる。これが流れである。

 一方、グラスの水の場合は、飛び出す数と飛び込む数が同じである。したがって、全体的に見れば打ち消し合って、流れにはならないのである。

 さらに、平衡状態の場合は、エネルギーの流れもない。たとえば、グラスも水も、周囲の空気も、同じ温度だったとする。その場合、平衡状態にあるグラスの水面付近に、外部からエネルギーは流入してこないし、外部へ流出もしていない。

 平衡状態は、見かけ上、何も起こらない状態である。そのため、平衡状態は「死の世界」と呼ばれることもある。明らかに生物は、平衡状態ではない。生物には流れがある。

 エネルギーや物質が流入して、生物の体を作り、そして流出していく。つまり、生物は、生きているあいだは形がほとんど変わらないにもかかわらず、非平衡状態なのである。