生物の体は物質の流れ

 生物の体には、いつも物質が流れ込み、そして流れ出ていく。しかし、その流れの速さは、場所によって異なる。

 私たちの体の一番外側は、表皮である。表皮はいくつかの層に分けられるが、一番深いところにあるのが基底層である。基底層では盛んに細胞分裂が起きており、ここでできた細胞が表層に向かって押し出され、一番外側の角質層に達すると、剥がれ落ちる。いわゆる垢(あか)である。この表皮の細胞の寿命は数週間である。

 表皮の下には真皮がある。真皮の細胞の寿命は長く、数年である。そのため、真皮の細胞はなかなか入れ替わらない。体に入れ墨をすると、一生消えない。それは色素を、表皮を貫いて真皮まで注入するためだ。色素の粒子のうち、小さなものは排出される。

 しかし、大きなものは、細胞が入れ替わっても排出されないので、その場に残る。そのため、入れ墨はだんだん薄くはなるが、一生消えないのである。

 一方、生物の体の中には、入れ替わらない部分もある。たとえば、ホタテ貝やサザエなどの軟体動物の貝殻は入れ替わらない。死ぬまでずっと同じ材料のままだ。分子レベルで見ても、同じ分子のままだ。

 とはいえ、生物の体の多くの部分は、いつも入れ替わっている。

 だから、私たちの体も、10年も経てば、かなりの部分は入れ替わってしまう。10年前のあなたは、もういない。今のあなたのほとんどの部分は、新しい材料でできているのだ。

 それなのに、あなたはあなたのままである。全体の形もあまり変わらない。何だか生物って不思議なものだ。

 このように、流れの中で形を一定に保つ構造を散逸構造という。ロシア出身のベルギーの物理学者、イリヤ・プリゴジン(1917~2003)が提唱した構造だ。プリゴジンは、この散逸構造の研究で、1977年にノーベル化学賞を受賞している。