デンソーが「異文化」を
溶けこませるために行った「出島戦略」

 チャレンジを尊ぶ企業文化を醸成するには、いくつかの手法があります。ここでは私が技術顧問を務めるデンソーの取った「出島戦略」を紹介しましょう。「出島」とは江戸時代、海外との貿易窓口として新しい技術や文化を取り入れるのに役立った、あの長崎の出島のことです。

 デンソーの本社は愛知県刈谷市にあり、製造する自動車部品の工場の多くが周辺地域に立地しています。この工場は、節電を目的に、天井の蛍光灯を小まめに消せるようにスイッチのひもがぶら下がっていたり、昼時になるとチームごとに交代で食事休憩に向かったりといった「ザ・工場」で、さまざまな効率化の工夫は面白いのですが、いわゆるソフトウェアエンジニアにとっては、全く違った文化に見えるかもしれません。

 そこでデンソーでは、神奈川県の新横浜駅のほど近くにある雑居ビルにデジタルイノベーション室を設けました。ここで「社内の変わり者」と「外から入れた人」によるチームをつくり、ホワイトボードにタスクを張り出して、ソフトウェアのアジャイル開発に“カンバン方式”で取り組んでいます。

 そこでは、大企業のデンソーでありながら、別の文化が実現できています。また新横浜は、本社のある刈谷と東京支社のある日本橋や研究・開発の拠点がある品川との間に立地し、オフィスも駅に近いことから、行き来する社員がみんな立ち寄って見学していくようになり、これも会社に良い影響をもたらしました。

 ホワイトボードを使った開発の様子は、ショールームのように誰もが見られるようになっており、ときにプレゼンテーションも行われるので、各部門が共同で開発に取り組んだり、ソフトウェア開発のやり方を各部門が取り入れたりするようになったのです。まさに江戸時代の出島のように、これまでとは違った働き方の体制と従来の組織との間に“異文化交流”が行われている例です。

 また別の手法として、「既存事業の課題解決から始めて、社内の信頼を得てから変革に取り組む」という方法もあります。ある日本のヘルスケア企業のCDO(チーフ・デジタル・オフィサー)は、DXを進めるにあたって、まず各事業所で困っていることや目指していることをヒアリングして回り、課題解決や効率化など、比較的分かりやすく、現場から理解を得やすいことから着手したそうです。

 こうして各部門の信頼を得てからDXに取り組むことで、現場にもデジタルによるビジネスモデルの変革を自分事として捉えてもらえるようになったといいます。出島戦略にせよ、現場の信頼を得るにせよ、新しいやり方や考え方といった異文化が企業へ溶けこむためには、ある程度のステップを踏む必要があるでしょう。

(クライスアンドカンパニー顧問/Tably代表 及川卓也、構成/ムコハタワカコ)