DNAと生物の遺伝情報

 私たちヒトの細胞には、核膜で包まれた核という構造がある。その核の中に、46本の染色体が入っている。染色体はおもにタンパク質とDNAでできている。生物の遺伝情報は、このDNAという分子に書き込まれている。

 タンパク質もDNAも、ひものように長い分子である。タンパク質は、アミノ酸がペプチド結合でたくさんつながったもので、DNAはヌクレオチドがホスホジエステル結合でたくさんつながったものである。

 ヌクレオチドは、糖とリン酸と塩基が結合した分子だ。糖とリン酸の部分は、DNAを構成するどのヌクレオチドでも同じだが、塩基は4種類ある。この4種類の塩基の、DNAの中での並び方が、後で述べる遺伝情報になっているのである。

 ペプチド結合もホスホジエステル結合も、結合するときに水素二原子と酸素一原子(つまり水一分子に相当する)が外れるのが特徴だ。

 そのため、逆にタンパク質やDNAを分解するときには、水を加える必要がある。つまり、タンパク質やDNAは加水分解される分子である。

 DNAを少しくわしく見てみよう。ヌクレオチドは3つの部分からできている。糖とリン酸と塩基だ。糖とリン酸はDNAのどの部分でも同じだが、塩基はアデニン(A)とチミン(T)とグアニン(G)とシトシン(C)の4種類がある。

 そのため、ヌクレオチドがたくさんつながると、4種類の塩基がいろいろな順番で並ぶことになる。たとえばAATCGGAとか、そんな感じだ。この塩基の並び方、つまり塩基配列が、おもな遺伝情報になっている。

 この4種類の塩基には、素晴らしい特徴がある。それは、特定の塩基としか結合しないことだ。具体的には、AとTが結合し、GとCが結合する。これ以外の組み合わせでは結合しない。AとCは結合しないし、GとGのような同じ塩基同士も結合しない。この性質を使えば、たとえばAATCGGAという塩基配列を持つDNAを鋳型(いがた)にして、TTAGCCTというDNAを作ることができる。

 さらにそのDNAを鋳型にすれば、最初のDNAと同じ塩基配列を持つDNAを新しく作ることもできる。したがってDNAという分子は、複製を簡単に作れるのだ。そのため、1つの細胞(母細胞)が細胞分裂して2つの娘細胞になるときにDNAを複製すれば、両方の娘細胞に同じDNAを受け渡すことができる。

 つまり、親から子どもにDNAを受け渡すことができるのである。このようにDNAでは塩基が重要なので、DNAを作っているヌクレオチドの数について、少し変わった数え方をする。

 たとえば、ヌクレオチドが5個つながったDNAのことを「五ヌクレオチドのDNA」とはいわずに、「五塩基のDNA」というのである。「五ヌクレオチドのDNA」の方が正しいのだが、「五塩基のDNA」という慣習になっている。

 そこで、本稿でも「五塩基のDNA」ということにする。DNAは二本鎖になっていることが多い。たとえば【イラスト】は、四塩基のDNAが二本鎖になっている図である。こういう場合は「対」をつけて、「四塩基対のDNA」という。

生物学者が語る「遺伝」のしくみ。親が獲得した「形質」は子どもに伝わるのか?イラスト:はしゃ

 

 DNAが二本鎖になっている理由は、塩基どうしが結合しやすいからだ。たとえば同じDNAの中でも、AとTあるいはGとCは結合しやすい。だからDNAは、いわばセロハンテープのような分子である。塩基が突き出している側、つまりペタペタとくっつく面と、塩基がない側、つまりツルツルとしてくっつかない面があるのだ。

 こういうDNAを1本の状態で、長く伸ばしておくことは難しい。すぐにペタペタとくっついて折りたたまれ、収拾がつかなくなってしまう。

 でも、二本鎖になっていれば、そういうことはない。もしも2本のセロハンテープが、ぴったりと貼りあわされて、ペタペタとくっつく面が外側に露出していなければ、長く伸ばしておくことができる。そして必要なときだけ、一部を剥がせばいいのだ。DNAの場合も、塩基配列を読むときには、二本鎖を外して一本鎖にする。