IKEAの「ThisAbles」プロジェクトから見えること

山口:ビジョンを作る。これは日本人が非常に苦手な分野です。日本人と海外の人たちのビジネス能力を比較すると、実務面やタスク面で差があるとは思えないけど、抽象化したビジョンを生み出すことにおいては、日本人は圧倒的に劣っている気がします。

例えば、日本でも人気のスウェーデン企業「IKEA」が掲げているビジョンは優れたデザインと機能を兼ね備えた商品を幅広く揃え、多くの人に購入してもらえる手頃な値段で提供する、「より快適な毎日を、より多くの人に」というもの。

つまり、「低価格の商品を売る」というのが彼らのビジョンではなく、「より多くの人たちに快適な生活を届けたい」というビジョンがあるから、「価格を安くする」という答えを導き出せたわけです。

【山口周】これからの時代、MBAでは戦えない。<br />「感性」こそ現代の錬金術

ところが最近、社内のある若手のグループが、「IKEAのビジョンがまったく実現できていない。置き去りにされている人々がいる」という発言をし始めた。そこでスタートしたのが「ThisAbles」プロジェクト。イスラエルのIKEAが身体障がい者を支援するNPOと共同で、障がいのある人でもIKEAの家具を使いやすくできる補助器具を、3Dプリンターで提供したのです。

IKEAとして「より多くの人に」というビジョンを掲げながら、実際には身体障がいを抱える人にプロダクトを届けられていない。それは問題ではないか。ではそうすればいいのか? 問題が見つかったからこそ、課題が絞られ、いいアイデアが浮かび、それを実行する爆発力が生まれたわけです。

最初に、企業価値が上がることが「真」であり、道徳的に良いことなのか悪いことなのかを判断することが「善」であり、人の心を惹きつける美しいものがあるかどうかが「美」であり、これらを同時に満たす解決法を導き出すのは、加減連立方程式を解くような話だと第1回で言いました。IKEAのプロジェクトは、「真・善・美」の3つを満たすための答えを「アート(感性)」視点で導き出した良い例です。

「正解を出す」ことを得意とする「サイエンス」の世界だけに止まっていたら、問題を見つけることは非常に難しい。これからの時代は、「アート(感性)」を使って物事を考えていくことが必要だと思います。

(シリーズ全3回でお送りした山口周さんの講義は、今回が最終回です)

山口 周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。ライプニッツ代表。
慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン コンサルティング グループ等で戦略策定、文化政策、組織開発などに従事。
『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)でビジネス書大賞2018準大賞、HRアワード2018最優秀賞(書籍部門)を受賞。その他の著書に、『劣化するオッサン社会の処方箋』『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』『外資系コンサルの知的生産術』『グーグルに勝つ広告モデル』(岡本一郎名義)(以上、光文社新書)、『外資系コンサルのスライド作成術』(東洋経済新報社)、『知的戦闘力を高める 独学の技法』(ダイヤモンド社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)など。神奈川県葉山町に在住。