生物とは何か、生物のシンギュラリティ、動く植物、大きな欠点のある人類の歩き方、遺伝のしくみ、がんは進化する、一気飲みしてはいけない、花粉症はなぜ起きる、iPS細胞とは何か…。分子古生物学者である著者が、身近な話題も盛り込んだ講義スタイルで、生物学の最新の知見を親切に、ユーモアたっぷりに、ロマンティックに語る『若い読者に贈る美しい生物学講義』が発刊。4刷、2万6000部とベストセラーになっている。

養老孟司氏「面白くてためになる。生物学に興味がある人はまず本書を読んだほうがいいと思います。」、竹内薫氏「めっちゃ面白い! こんな本を高校生の頃に読みたかった!!」、山口周氏「変化の時代、“生き残りの秘訣”は生物から学びましょう。」、佐藤優氏「人間について深く知るための必読書。」、ヤンデル先生(@Dr_yandel) 「『若い読者に贈る美しい生物学講義』は読む前と読んだあとでぜんぜん印象が違う。印象は「子ども電話相談室が好きな大人が読む本」。科学の子から大人になった人向け!  相談員がどんどん突っ走っていく感じがほほえましい。『こわいもの知らずの病理学講義』が好きな人にもおすすめ」と各氏から絶賛されたその内容の一部を紹介します。

すべての生物が使っている細胞膜が「何十億年も進化していない」理由Photo: Adobe Stock

細胞膜にはドアがある

 細胞は生きている。生きているからには、細胞の中の環境を一定にしなくてはいけない。もしも、外界が変化するたびに、細胞内も同じように変化していては、生きていくことはできない。つまり細胞は、家のようなものだ。冬になればストーブをつけ、夏になればクーラーをつけて、家の中の温度を外界ほどは変化させないようにする。雨が降っても、雪が降っても、屋根や壁がそれらを防いでくれるので、家の中は晴れた日とほとんど変わらない。このように屋根や壁や、そして細胞膜は、外界に対して閉じていなくてはならない。

 でも、細胞が生きていくには、栄養をとったり排せつ物を出したりすることも必要だ。

 家だってそうだ。食べものを運び入れたり、ゴミを出したりしなければ、暮らしていけない。だから家には、屋根や壁だけでなく、ドアもある。普段は閉じているけれど、必要なときにはドアを開けて、ものを出し入れするのだ。細胞も家も外界に対して、開きっ放しでもダメだし、閉じっ放しでもダメなのだ。

 細胞膜はリン脂質が二重になった膜(リン脂質二重層)だが、そこにはたくさんのタンパク質が刺さっている(実際には、タンパク質が直接刺さっているのではなく、タンパク質の周りを境界脂質がクッションのように取り巻いている)。実は、これらのタンパク質がドアで、リン脂質二重層が壁に当たる。

 もっとも、壁といっても、細胞膜は何も通さないわけではない。通すものもあれば、通さないものもある。細胞膜は、表面は親水基でコーティングされているけれど、大部分は疎水基でできている。そのため、疎水性の物質は通りやすく、親水性の物質は通りにくい。

 また、細胞膜を通りやすいかどうかは、電荷の有無にも関係している。通常の原子は、プラスの電荷を持つ陽子とマイナスの電荷を持つ電子の数が同じなので、原子全体としてはプラスとマイナスが打ち消し合って、電荷を持たない。

 ところが、電子の数が少し増えたり、あるいは減ったりすることがある。そうすると全体としては、プラスかマイナスのどちらかの電荷を持つようになる。このような電荷を持つ原子のことをイオンという。

 このイオンは水に溶けやすく、ほとんど細胞膜を通らない。しかし、イオンは細胞が生きていくうえで、重要な働きをしている。そのため、外界とイオンのやりとりをするときには、ドアを使うことになる。