「絵が下手くそだったゴッホ」の才能の磨き方

 少しの間、ゴッホの立場に立ってみてほしい。

 家族から支援を得られたにもかかわらず、美術商としては惨めなほど失敗した。牧師としても失敗している。そしていま、画家を志しているものの、絵を上手く描くことができない。あなたならどうするだろうか?

 この挑戦に対するゴッホの答えは、彼の生涯を通じて繰り返し見られるパターンと一緒だった。

 まず彼は、学習する際のリソースや方法、スタイルを見出し、それを信じられないほどの熱意をもって追求して、その過程で数百とは言わないまでも数十の作品を生み出した。

 この爆発的な行動の後、彼はまだ残っていた欠点を把握して、新しい学習リソースと方法、スタイルを使って練習を繰り返した。

 ゴッホがそれを意識していたかどうかはわからないが、このパターンと成功した科学者の行動の間には類似点がある。

 仮説、実験、結果、繰り返しだ。偶然かもしれないが、ゴッホの絵画への積極的で実験的なアプローチは、彼のスキルを磨いただけでなく、彼を忘れられないほどユニークな画家へと成長させた。

 ゴッホの実験は、彼が最初に芸術家になろうとしていたときに始まった。当時、芸術家への道として一般的だったのは、美術学校に通うかアトリエで見習いをすることだった。

 しかし、ゴッホは他人から才能があるとは見られず、またその気性から、そうした一般的な道に進むチャンスは得られなかった。

 そこで彼は独学へと切り替え、絵画の基礎が学べるという家庭用の教材に目を向けた。

 特に彼は、シャルル・バルグの『木炭の練習』と『デッサン教本』、アルマン・カサーニュの『デッサンのABC』を集中的に活用した。

 これらの分厚い本には、段階的な練習問題が含まれており、向上心のある画家たちが絵を描く技術を磨くために取り組むことができた。

 さらにゴッホは、早くから模倣を戦略として用いていたが、それも芸術家としてのキャリアを始めるのが遅かったからである。

 ジャン=フランソワ・ミレーの『種まく人』は、彼のお気に入りの絵の1つで、彼は何度も何度もそれを模写した。

 彼はまた、特に肖像画のモデルとして、早い段階から自分自身を描いている。彼は見たものを正確に描けなかったため、肖像画を描くのに非常に苦労した。

 別の画家アントン・モーヴは、チャコールやチョーク、水彩、クレヨンなど、さまざまな画材を試してみるよう彼にアドバイスした。多くの場合、そうした試みは上手くいかなかった。

 ポール・ゴーギャンは、ゴッホが後に耳を切り落とすことになる家で一緒に暮らしている間に、彼に記憶から絵を描き、色合いを落ち着かせ、新しい画材を使っていままでと異なる効果を出すよう促した。

 そうした試みは、ゴッホには上手くいかなかった。何も参考にせず描くと、彼のデッサン力のなさはさらに悪化し、新しい種類の画材は後に彼を有名にするスタイルに反していた。

 しかし、実験から価値を得るには、必ずしもそれを成功させる必要はない。いずれにせよゴッホは、新しいテクニックを試す機会を数多く得たのである。

 ゴッホは画材や技法だけでなく、彼の芸術の根幹となる哲学まで実験した。彼の絵は強くて鮮やかな色彩で有名だが、彼はそれを最初から意図していたわけではなかった。

 もともと彼は、初期の作品『馬鈴薯を食べる人たち』に見られるような、控えめで灰色がかったトーンの奥深さに心を奪われていた。彼はこの手法に傾倒し、それに基いて作品を描き上げた。しかし彼は後に、まったく逆の立場をとった。

 明るい補色を使い、自然をそのまま写すというより、その場面に色を押しつけるような形で絵を描くようになったのである。

 同世代の芸術活動に対する姿勢もころころ変わった。当初彼は、新しい印象派のスタイルよりも伝統的な絵画を好んでいたが、後に前衛的なスタイルに移り、迫真性よりも大胆な構図を選んだ。

 ゴッホの芸術における実験には、2つの重要な側面がある。

 1つは、彼が試してみた手法や発想、資源の幅広さだ。彼は絵画のさまざまな要素で苦労していたために、最終的に自分に合ったスタイル、つまり自分の長所を伸ばして短所を隠してくれるようなスタイルを見つける上では、バリエーションが重要だったのだろう。

 優れた才能を持つ人なら、最初に出合ったスタイルを理解し、それに従って作業を終わらせることができるかもしれないが、そうでない人々は、自分に合った手法が確立されるまで、多くの実験を必要とする。

 そしてもう1つ重要なのが、彼の取り組みの激しさだ。私がこれまでに会ったウルトラ・ラーナー(ウルトラ・ラーニングの実践者)たちと同様、ゴッホも芸術家になるための努力を惜しまなかった。

 多くの否定的な評価に直面し、やめた方がいいと言われても、彼は容赦なく芸術を追求し、ときには毎日新しい絵画を制作した。

 バリエーションとアグレッシブな姿勢という2つの要素によって、彼は初期に直面した障害を乗り越え、非常に象徴的で素晴らしい作品を生み出すことができたのである。