例えば、やるべきことや責任・役割が明確なものは、会議で議論する必要があまりない。反対に、課題解決の道筋が見いだせていない事案や、各部門のはざまにあって責任・役割が不明確な業務、部門横断的なテーマなど、通常の業務の域を超えたプラスアルファのタスクが求められるものこそ議論が必要なのだ。

 つまり、「通常のままでは実行されにくいことを議論する場」が「会議」であり、それは誰が、どのように「火中の栗を拾いに行くか」を具体的に決めることだ。

「火中の栗を拾う」とは、他人の利益のために危険な行動を取る例えとして使われることわざで、「火の中で焼けている栗を、危険を冒して拾ったが、大やけどを負った上に栗は自分のものにならなかった」というフランスの寓話に由来する。もとはこうした行為を戒める言葉として使われていたが、今の日本では、自分のためでなく他人のために行うという部分が、「利他」の精神と結びついて解釈されるようになっている。その意味では、まさに会議にもぴったりの言葉だと思う。

 そして、「火中の栗」のような議論は、誰が考えても同じような結論に至るものではなく、展開の予測ができず、リスクが高いものも多い。しかし、会社は常に進化し、競合に打ち勝っていくことが宿命であり、生き残るためには、リスクを負ってでもチャレンジし続けなければならない。つまり、誰かが「火中の栗」を拾わなければ、会社自体が停滞し、前に進めなくなってしまう。これほど重要なテーマに臨むからこそ、忙しい時間を割いてでも会議をする意義がある。

「火中の栗を拾う」戦略会議に必要なこと

「火中の栗を拾う」会議とはどんなものか、より具体的にイメージしてもらえるよう、現在多くの会社で行われている会議との違いを考えてみよう。

 ほとんどの会社の会議では、「火中の栗」を

a) 拾いに行くべきか(目的や意義)
b) どう拾うか(方法論、戦略)
c) どれだけリスクがあるか(リスク対策)

 が中心で、これより先の議論がおざなりになりやすい。なんとなく方向性が決まったという状態では、冒頭のB社のような会議の域を出られない。

 真に「火中の栗を拾う」会議をするなら、

d)誰が責任をもって拾うのか(役割、覚悟)
e) 決定したら、全員が本気でそれを実行するのか(全員当事者)
f) 明確なスケジュールや、具体的納期まで決め切る(完遂意識)

 というところまで議論や確認がなされるべきだが、ここまで述べてきた通り、残念ながらこのレベルに到達できる会議を行っている会社は少ない。